反乱計画立案中
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──反乱計画立案中
「何! 本当に反乱を起こすというのか!?」
そう驚くのは『アカデミー』本部に招かれたルートヴィヒである。
「殿下がついに相応しい地位につく時が来たのです」
アレックスはエレオノーラが淹れてくれた紅茶を片手にそう言う。
「お約束したでしょう? 我々はこの国を乗っ取り、そして殿下に相応しい地位についていただくと。その約束を遂に果たす時が来たのですよ」
「そ、そうか。勝算はあるのか?」
「今のところはあまり」
「おいっ!」
アレックスが肩をすくめ、ルートヴィヒが叫ぶ。
「いやいや。ご安心を。ここから上手く動けば勝率は限りなく100%となります。まず必要なのは殿下が間違いなく、この反乱の後に政府を組織してくださることです。その準備を進めてもらいたい」
「政府の組織、か。いいだろう。私の意見に賛同してくれているものたちは多くいる。すなわち──」
「皇帝親政を支持するものたちですな」
「う、うむ。帝国議会は無期限に封鎖し、帝国憲法は改正して、すみやかに皇帝と皇帝に忠実なものたちによる政治を始めるのだ。もちろん、お前たちの働きによってはお前たちにも地位を準備しよう」
ルートヴィヒは立憲君主制を否定しており、帝国における僅かな民主主義の風潮すらも否定していた。
彼は自分が地位につけば帝国議会を潰し、今の体制を示した帝国憲法を破り捨て、皇帝たる自分が直接政治を行う時代を作るつもりである。
「皇帝陛下万歳だね。さて、殿下には引き続き反乱後の政府を組織してもらうとして、我々は帝国の現体制を打倒する方法を具体的に考えておかなければならない」
アレックスはそう言うと円卓に地図を広げた。帝国の地図だ。
「私としてはいちいち地方から徐々に反乱の手を広げていくということに意味を見出せない。そんなことをしていたら、反乱が成功した日にはみんなよぼよぼの老人になってしまうからね」
「では、どうする?」
「バロール魔王国の内戦で行った方法を使う。斬首作戦だ」
「なるほどな」
アレックスが示した作戦にカミラたちが頷く。
「帝国に対する斬首作戦ということは、皇帝と宰相の殺害を?」
「そうだ、ジョシュア先生。そのふたりを仕留めれば帝国は機能不全になる」
「ふむ……。しかし、帝国の側も国家を構築するその手のシステムの弱点は把握しているでしょう。昔から国王や皇帝を殺害して地位を手に入れようとした人間は腐るほどいるのですから」
ジョシュアがアレックスの作戦の穴を、そう指摘する。
「厳格な皇位継承権が定められているなどですな。そして、通常皇帝と皇位継承権一位である皇太子は一緒に場所にいないことにしているはずです」
「ええー……。それじゃあアレックスの作戦はとことんその前提から失敗しているじゃないですかー……」
トランシルヴァニア候の言葉にアリスがそう唸る。
「そんなことはないよ! 皇帝と皇太子は確かに別々に行動しているが、一緒に帝都にいるときはあるのだ。帝国宰相もね」
「まさか帝都を落とすの?」
「その通りだ。まさにその通りだ。我々は帝都を攻撃し、そして占領する!」
エレオノーラが思わず尋ねるのにアレックスがそう答えた。
皇帝と皇太子が同じ場所にいないように手配されているといえど、帝都という政治中枢からふたりの有力な人間を話してもおけない。帝都内で一緒に場所で過ごすことを可能な限り避けるだろうが、完全には無理だ。
「反乱と同時に帝都を落とすことは反乱の効果を大きく広げることにもなる。とても意味のあることだと思うのだよ」
「しかし、どうやって? 我々の戦力だけで帝都を占領など夢物語も甚だしい。我々は帝国議会図書館を攻撃するだけでもギリギリだったのだぞ」
「おやおや。我々には強力な同盟者がいることを忘れたのかね、カミラ殿下」
「バロール魔王国か。自分がどれだけ無茶を言っているか把握しているか?」
アレックスの言葉にカミラがそう言って目を細める。
「そうだよ、アレックス。帝都には結界がある。魔族の侵入を阻止する結界があるんだって授業で習ったよ。魔族は許可なく、帝都に入ることはできないって」
エレオノーラがそう解説するように帝都には魔族を立ち入らせない結界がある。遥か昔に第魔術師によって作られたそれが未だに生きているのだ。
故にバロール魔王国はアレックスの考える帝都攻撃には動員できない。
「そのような優等生思想では戦争には勝てないよ! ルールは破るものであり、結界というルールもまだぶち壊すべきなのだからね」
「結界を破壊するということですが。ですが、帝都を防衛する結界は太古の時代に作られたそれを引き継いでいます。帝都まで魔族が迫った大戦争の際にも、帝都はそれによって陥落しなかった」
「……いや。実を言うと帝都の結界を破壊する方法はないわけではないのだ」
「何ですと……?」
ジョシュアが不意に発言したルートヴィヒの言葉に眉を歪める。
「帝都の結界を管理しているのは皇室だ。皇室は代々帝都の結界を制御するマジックアイテムを受け継いできた。もし、そのマジックアイテムを我々が手に入れるならば……結界は崩れるだろう」
ルートヴィヒが言った言葉に全員が唸る。
「まさにそれこそが私の求めていたものだ、ルートヴィヒ殿下! そして、私の鋭い勘によればそのマジックアイテムを今管理しているのは皇太子のオットー殿下だね?」
「知っていたのか?」
「勘だよ、勘。私の勘はよく当たる」
ルートヴィヒが僅かに驚くのにアレックスはにやりと笑った。
「そう、結界制御のためのマジックアイテムを所持しているのはオットーだ。常に身に着けているし、そうでない場合は随行している侍従武官が守っている。オットーを殺しでもしない限り、あれは手に入れられないだろう」
オットーは現在の皇太子であり、ルートヴィヒの兄だ。皇位継承権一位の人物であり、帝国にとって皇帝に次いで重要な人物だと言える。
「ふむふむ。では、殺すしかないですな。どの道、ルートヴィヒ殿下を皇帝にするには今の皇帝と皇太子は邪魔だ。さくっと殺して、帝位簒奪と行きましょう」
「軽く言ってくれるな……」
「何事も楽観的にならなければ」
ルートヴィヒが呻き、アレックスがそう言う。
「しかしですよ、アレックス。仮に帝都の結界を砕いたところで、どうやって遠くにいるバロール魔王国を援軍に呼ぶんです? 国境から行進してきたら、結界に防がれなくとも、帝国軍に防がれますよ」
「ああ。君にしては珍しく的を得た指摘だ、アリス」
「よけーなお世話です」
「だが、その点は問題ないのだよ。バロール魔王国には頼もしいものたちがいることを我々は味わっているではないか!」
「……?」
アレックスの言葉にアリスを含めほぼ全員が首を傾げた。
「いやいやいや。忘れてしまうほど時間は経っていないだろう? どうやって我々がバロール魔王国で戦ったかを思い出したまえよ!」
「えっと。空中から要塞に乗り込んだりして……。あ!」
「分かったかい、エレオノーラ?」
「ドラゴンだね?」
エレオノーラがそう自信をもって言う。
「その通りだ! ドラゴンを利用して空中から帝都を奇襲してもらう!」
アレックスの計画はまさにドラゴンによる空中機動作戦によって結界が崩壊した帝都を襲撃するというものだった。
「なるほど。さらにはそこにオフィーリアの空間操作を組み合わせれば」
「帝国軍の防空網をかいくぐって帝都に侵入して、奇襲できるというわけですか」
トランシルヴァニア候の言葉をアリスが引き継いだ。
「おおー。それならやれそうだね。アレックスの計画、上手くいくと思う!」
「ははは! そうだろう、そうだろう。しかしながら、まだいろいろと問題はある」
エレオノーラが言うのにアレックスが哄笑したのちにすんと肩をすくめる。
「まず皇太子殿下を襲撃する計画を立てなければならない。そして、この件の段階ではまだバロール魔王国の力を借りることはできないということ。つまり、結界の破壊まではあくまで純粋に我々の仕事だということ」
まず帝都の結界を破壊しなければ何も始まらない。
「それからこの作戦を帝国の秘密警察などに察知されることなく、バロール魔王国に通達しなければならないといことだ。どうしたものだろうね!」
アレックスはその点においてにノープランであった。
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