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過ぎ去りし時を偲んで

……………………


 ──過ぎ去りし時を偲んで



 エレオノーラは次の日にアレックスを墓地に案内した。


「ここがお母様の墓だよ」


 エレオノーラがそう言って示すのは彼女の亡き母が眠る墓だ。


 アレックスはその墓に花束を備え、祈りをささげた。


「君を生んだ後になくなったそうだね」


「ええ。だから、私はお母様についてほとんど知らない。ただ、話だけはお父様や長く屋敷に勤める使用人から聞いていたんだ」


「どんな女性だったと?」


「みんながとても優しい女性だったと言っている。誰にでも親切で、困っている人がいたら放っておけない。お父様にとっても陰で自分を支えてくれる必要な人だった。そんな人だと言っていたよ」


「素晴らしい人だったようだね」


 エレオノーラが語るのにアレックスが頷く。


「でも、死んだ人を悪く言う人はいないだろうから。実際にお母様が優しい人だったかどうかは分からない」


「分からないということもないだろう。君の父の態度からそれは窺える」


「父の態度から?」


 アレックスが述べた言葉にエレオノーラは首を傾げた。


「そう、君の父はやたらと君に厳しい。普通、男親というものは娘に甘いものだ。その原因は間違いなく君の母が亡くなったことだろう」


 アレックスはそう推測を語り始める。


「頼りにしていた人物を失い、君の父は余裕を失った。あの態度からして、君の母は恐ろしく存在感のある人物だったのだろう。私はこういうことから君の母が言われている通りの人だと思うよ」


「そっか。ありがとう、アレックス」


 エレオノーラはアレックスの励ますような言葉に微笑んだ。


「母もお菓子作りが好きだったんだって。生きていてくれたら、いろいろと教わったのになって思う。話したいことがいっぱいあるよ」


「気持ちが分かるというと君はおかしく感じるかもしれないが、分からないわけではないんだ。ぽっかりと大きな穴が開いたような感覚になる。それを埋め合わせるのは絶対に不可能だというほどに」


 アレックスはエレオノーラにそう言い、暫しふたりは墓前で過ごした。


「アレックス。改めて今回は来てくれてありがとう。こうしてあなたを私の家族に紹介することができて嬉しいって思うよ。私の大切な人を家族に紹介することができて、本当によかった」


「お安い御用さ」


 エレオノーラの言葉にアレックスはにやりと笑って見せた。


「じゃあ、城に戻ろう。明日には帰らないとね」


「君の家の領地を見て回ってもいいかい?」


「ええ。案内するよ」


 そして、アレックスとエレオノーラは墓参りを終え、一度ヴィトゲンシュタイン侯爵家の城へと戻ったのだった。


 そのころ、ヴィトゲンシュタイン侯爵家当主であるゲオルグは考えに耽っていた。


「ベルフェゴールの落し子……。まさかそのようなものが存在しようとは。しかし、あの魔力を見る限り、嘘ではないということは分かる。分かってしまうのだ」


 ゲオルグはそう繰り返す。


「ヨハネス・フォン・ネテスハイム帝国宮廷魔術師長はまさか自分の家族をささげたというか。悪魔にその魂を与えたというのか。おぞましいことだ。私であれば決してそんなおぞましいことはしなかっただろう」


 彼はアレックスの父であるヨハネスが全ての元凶だと理解していた。


 ゲオルグたちは“強欲”のマモンの眷属だが、眷属と落とし子は違う。人間として悪魔のために仕える眷属に対して落とし子は完全に悪魔の側となって、悪魔とともに悪行を成すのである。


 人間にとって大悪魔は巨悪が服を着て歩いているようなもの。ベルフェゴールの落し子であるアレックスがどれだけ気味の悪い存在なのかは言い表しようがない。


「エレオノーラ。あの子に何もなければいいのだが……」


 ゲオルグは危惧はすれど、その考えを娘であるエレオノーラに伝えることはなく、エレオノーラとアレックスは再び学園へと帰った。


「おや? 部屋の前に誰かいるね?」


 アレックスが部屋の前にスーツ姿の男性が立っているのを目撃。


「彼、人狼だよ」


「そのようだ。カミラ殿下の使いか……」


 エレオノーラの言葉にアレックスは一応警戒しながら人狼の男性に近づく。


「やあやあ。そこは私の部屋なのだが何か御用かな?」


「アレックス・C・ファウストだな。カミラ殿下からの伝言だ。『『アカデミー』の本部にて待つ』とのこと。以上だ」


「了解。ご苦労様」


 人狼はそう言葉を伝えるとさっさと立ち去った。


「カミラ殿下から『アカデミー』にお誘いが来るなんて珍しいね」


「全くだ。とても嫌な予感がするよ!」


 そう言いながらアレックスたちは部屋に入ると、そこにあるポータルを潜って『アカデミー』の本部を訪れた。


「来たか、アレックス」


「カミラ殿下。アリスやジョシュア先生も一緒みたいだが、何が?」


 本部では『アカデミー』のメンバーが勢揃いしていた。トランシルヴァニア候やエドワードも一緒だ。


「どうにも第九使徒教会に動きがある。エドワード兄が引っ掻き回したせいだろうが」


「ふむ。状況を聞かせてもらっても」


「ああ。まず帝国に法王庁が接触した。会合の場に同席したのは帝国外務省と内務省の事務次官級。内務省からは警察軍の将官も出席したという話がある」


「議題は?」


「ずばり帝国教育機関内での黒魔術の使用の可能性だ」


「おやおや。言い訳のしようもないほど我々のことだね!」


 カミラの言葉にアレックスは盛大に苦笑い。


「どうするんです? 前に第九使徒教会が探していたのはカミラ殿下たちのスパイ行為だったみたいですけど、今回はばっちり私たちのことですよ?」


「うむ。このままならば不味いことになってしまうだろう」


 アリスに指摘され、アレックスは真剣に頷いた。


「というわけで、だ。この時のために我々が準備を進めてきたことを思い出そうではないか。そう、帝国の体制を打倒してしまえば、我々が恐れるべきことなど何もないのだということを!」


「いよいよですか」


 アレックスが言い放ち、ジョシュアが興味深そうに少し首を傾げる。


「まずは関係者の保護だよ。エレオノーラ、アリス、そして私の家族は国外に脱出させる必要がある。帝国においては謀反人の家族もまた謀反人だからね」


「うへえ。謀反人になるんですか……」


「このまま座していても黒魔術師ということで火あぶりだよ、アリス!」


 アレックスの計画の段階で既に分かっていたことだが、帝国の体制を攻撃するというのはつまりは反逆であり、もっとも罪の重い犯罪である。


 元々帝国と関係のないカミラ、トランシルヴァニア候、エドワードのような人間は気にしないし、そもそも人間ですらないジョシュア、サタナエル、メフィストフェレスも気にしない。


 しかし、帝国において既に責任ある立場にあるルートヴィヒやエレオノーラ、そして全くの平凡な人間であるアリスなどにはなかなか重い決断になる。


「私は構わないよ。だけど、お父様にはことを起こしたあとに警告した方がいいと思う。そうでないとお父様は間違いなく保身のためにも私たちの計画を帝国の体制側に通達するだろうから」


「そのことで君の父は手遅れになるかもしれないよ」


「大丈夫。お父様にはこれまでの権力があるし、その使い方も知っているから」


「そうか」


 エレオノーラはもう覚悟を決めているようだ。


「ルートヴィヒ殿下にも後で知らせておこう。私は母をアルカード吸血鬼君主国で保護してもらうつもりだ。母にこれ以上迷惑はかけたくない」


「本気でやるんです? せめて、学園を卒業してからでもいい気が……」


「そんな悠長なことは言ってられないよ。カミラ殿下が言っただろう。第九使徒教会が迫っている。もうしばらくは計画のために潜伏するとしても、捜査の手が及んでからでは手遅れになってしまう」


「ここで降りるというのはなしなんでしょうね……」


「いいや。アリス、君が本当に望まないのであれば降りてもいいが」


「え」


 予想外のアレックスの言葉にアリスが目を見開く。


「そうだよ。アレックスだって無理やり引き込む気はないだろうし。アリスさんは今のままでも幸せに暮らせるでしょう?」


「お前のようなどこまでも一般人の域を出ない女には謀反など似合わんな」


 エレオノーラとカミラもそう言う。


「ぐぬぬ。それはそれで仲間外れみたいでいやなんですよ! ええいっ! やります、やりますよ!」


「ようこそ、アリス! 陰謀の仲間へ!」


……………………

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