深まる嫌疑
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──深まる嫌疑
魔剣ミストルティン。
それは代々アルカード吸血鬼君主国王室の男子にのみ与えられる精神魔剣であり、そのものが王位継承者であることを示す証でもあった。
その能力は『相手の死角を自動的に検出し、そこから攻撃を仕掛けるというもの』だ。事実上、相手が察知できない位置から襲い掛かるため、それを回避すること不可能と言ってよかった。
いかに優れた聖騎士であろうと全周囲を常に見張るなど不可能。もちろん防御魔術で身を守ろうとすることはできるだろうが、ミストルティンはその防御魔術の隙すらも察知するのだ。
「死ね、聖騎士」
再び仮面の男がそのミストルティンの刃を放つ。
「この攻撃は完全な死角から襲い掛かってくる。最初は気づけない」
ふうと大きく息をついてガブリエルが聖剣エクスカリバーを構える。
その死角からはミストルティンの赤い刃が出現して静かに迫り、ガブリエルの背を貫こうと刃が伸びていく。
「そこだ──!」
そして迫った刃を、それが完全な死角から現れたにもかかわらず、ガブリエルは迎え撃って撃退した。
「ほう。殺気にでも気づいたか」
「ええ。お前の刃には殺気が籠もりすぎている。一度目は奇襲できても、次はそうもういかない。もうお前の刃は私に達さない」
「ほざいていろ。ミストルティンの力はこれからだ──!」
仮面の男がそう言い、再びミストルティンの刃が放たれる。
今度は死角から襲い掛かるだけでなく、他の方向からも出現して襲来する。いや、他の方向から迫ることで死角をもっと生み出そうとしているのだ。
「無駄です!」
全ての方向から迫る刃をガブリエルは迎え撃った。金属音が何度も鳴り響き、迫っていた赤い刃が全て迎え撃たれた。
「これは……確かに脅威だな……」
攻撃をほぼ相殺された仮面の男がそう呟く。
「まだやりますか?」
ガブリエルは余裕のある表情で仮面の男にそう言い放った。
「いいや。これ以上は無駄だな。今度は貴様を殺す方法をしっかりと準備しておいてやる。そして、今度は情けもなく殺すぞ、聖騎士」
仮面の男はそう言うと影の中に消えていった。
「今のは……」
「吸血鬼ですね。間違いありません」
学園の警備員が荒い息を吐きながらも疑問を呈し、それにガブリエルが答えた。
「問題のどこの吸血鬼かということでしょう。この件は慎重に扱わなければなりません。第九使徒教会としても、学園の関係者としても」
「それはアルカード吸血鬼君主国の留学生がこの学園にいることからですか、イーストン副団長?」
「その通りです。もし我々がまだ根拠のない状態で彼らを疑えば政治的問題となります。それは誰も望んでいない状況です」
「政治、ですか。私にはまだ理解するのは難しそうです」
「いずれあなたも理解できるようにならなければいけませんよ」
ガブリエルが言うのにエミリーがそう言った。
「しかし、政治にこだわっていて、本当に正義はなせるのでしょうか? 政治というものはときとして正義の遂行を妨害しているかのように思えます。そもそも吸血鬼がこの学園に留学したことも政治ですから」
「政治は大勢の人間が満足はしなくとも納得するために行われるものです。帝国であればその納得させるべき人間はとても多い。そうであるが故に決定に不満を覚えるものも出るものなのですよ」
人間個人個人の意志が違うがために納得できる条件も違うとエミリー。
「そして、その政治は第九使徒教会の中でも行われています。我々聖騎士たちも政治の駒となるときがあるのです。だからこそ、望ましい結果を望むならば政治を理解すべきです」
「はい、イーストン副団長」
ガブリエルはエミリーの言葉にしっかりと頷いた。
「それではこの件は法王庁に報告しておきましょう。しかし、いったい何が起きているのか……。この前の爵位持ちの大悪魔の次は魔剣を持った吸血鬼。どうにも嫌な予感がしますね……」
エミリーはそう言いながらこのことを法王庁に報告した。
法王庁ではバロール魔王国の内戦終結もあって、人々が慌ただしくしている。
特に法王官房調査室は帝国から彼らが進めていた内戦工作について知らされており、突如としてそれが破綻したことへの動揺が広がっていた。
「また学園で聖騎士が襲われただと……?」
そう言うのは教理省長官のカタリナ・トーレス枢機卿だ。
「現地にいるエミリー・イーストン卿より連絡がありました。死霊と吸血鬼と思しき存在に襲撃されたとのことです。やはりあの学園には何かがあるとしか思えません」
聖ゲオルギウス騎士団団長のアウグストがそう訴える。
「ふむ。そのようだな。帝国と事を構えたくはないが、調査が必要だ」
ミネルヴァ魔術学園は完全に帝国の管轄だ。そこに聖騎士などを派遣するのは言い訳のしようもなく、帝国に対する干渉とみられるだろう。
「カタリナ長官。専門的な人材の配置ということであれば、それは我々の管轄だ。教理省や聖ゲオルギウス騎士団がどうこうする話ではない」
「ダニエル室長。では、そちらから人員を出してもらえるとでも?」
カタリナの言葉に異を唱えたのは神経質そうなメガネをかけた初老の男。名をダニエル・メルヴィルという枢機卿だ。
彼は法王官房調査室の室長を務めている。第九使徒教会のスパイの元締めだ。
「自分で言ったようにミネルヴァ魔術学園に迂闊に手を出せば、帝国とことを構えることになる。外交的なリスクがあるということだ。そして、既にこの法王庁にいる全てのものが知っている通り──」
「バロール魔王国の内戦が終結し、人類国家は団結する必要性がある。だろう?」
「その通りだ。だというのに、帝国の許可もとらず勝手に調査を行うことが賢明なことだと言えるだろうか?」
この問題にはバロール魔王国の内戦が突如として終結したことが影響している。
バロール魔王国が内戦状態にあったときには人類国家には余裕があった。多少の外交関係の悪化があろうと余裕があった。人類に差し迫った脅威はなく、悪化した関係を修復する時間も、リソースもあったのだ。
しかし、今やバロール魔王国は再び人類国家に挑戦する立場にある。
人類国家は団結を求められ、人類が団結する要因のひとつである宗教を司る第九使徒教会は率先して団結を示す必要があった。
「我々がこのような状況で人類国家間に不信を呼ぶような行動を行うのには反対だ。調査を行うならば帝国に通達し、協力を求めた上で実行する。それでよろしいか?」
「分かった。結果を出してくれるならば文句はない、ダニエル。結果を出してくれるのならばな。もし、これが黒魔術に関わることならば、そちらの担当ではなく、我々教理省の役割になる」
「ああ。だが、現状脅威なのは黒魔術ではなく、魔族どもだ」
境界線が難しい問題であった。
外国について調査するのは法王官房調査室だが、黒魔術などについて調査するのは教理省だ。なので、ミネルヴァ魔術学園内の問題がバロール魔王国やアルカード吸血鬼君主国の工作ならば法王官房調査室となってしまう。
「では、失礼する。帝国に調査協力を申し込んでおくのでね」
ダニエルはそう言って退室した。
「どうしたものですかな。黒魔術が原因であるならば、昔はこういうややこしい手続きはいらなかったのですが」
「昔からは何もかもが変わったのだよ、ザイドリッツ団長。法王聖下すらも今では世俗の問題で雁字搦めとなっている。もはや、宗教というものは急速にその力を失いつつあるようだな」
「残念なことです」
カタリナが皮肉気にそう言い、アウグストは肩をすくめた。
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