赤き魔剣と白き聖剣
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──赤き魔剣と白き聖剣
エドワードは第九使徒教会の捜査攪乱のために動き出した。
しかし、まずは第九使徒教会が何をしているのかを見よう。
「イーストン副団長!」
そう声を上げるのは第九使徒教会の精鋭である聖ゲオルギウス騎士団の聖騎士ガブリエルだ。
「バロール魔王国の件はお聞きなりましたか?」
「ええ。人類国家にとっての危機が近づいているようです」
ガブリエルの問いにエミリーがそう答える。
「バロール魔王国は再びサウスフィールド王冠領の領有権を主張するだけでなく、人類国家と全面戦争をやる準備があると発表するなんて」
そう、昨日バロール魔王国は外務省の公式見解として『サウスフィールド王冠領はバロール魔王国が所有する場所である』と述べ、そのための主権を行使するにおいて『人類国家との戦争は否定せず』としたのだ。
事実上のバロール魔王国からの戦争の脅しに人類国家は揺らいでいる。
「我々はここでこうしていていいのでしょうか?」
「大丈夫ですよ、ガブリエル。教皇庁でも対応に動いています。もし、彼らが力を借りたいと言ってきた時にこそはせ参じましょう」
「はい。分かりました」
エミリーの言葉にガブリエルが頷く。
「しかし、本当に現在の状況は何やら不穏ですね……」
エミリーのその呟きはガブリエルには聞こえなかった。
「ああ。ガブリエルさん、何か急ぎの用事だったの?」
「いえ。ちょっと気になることがあって」
剣術の講義に慌ててやってきたガブリエルにエレオノーラが心配そうに尋ねる。
「……ねえ。ガブリエルさんは望んで聖騎士になったのかな? それとも家の関係などで仕方なく?」
「私は望んで聖騎士になりましたよ。私にとって聖騎士はこの上なく、自分に合った素晴らしい仕事だと思っています。人の役に立てるというのはいいことですから」
「そっか」
ガブリエルが自信をもってそう言い、エレオノーラがそう小さく呟く。
「しかし、完全に自主的に聖騎士になったのかと言われるとそうだとはいえないのです。いろいろと事情があって……」
「よければ講義のあとで聞かせてくれない?」
「いいですよ。では、後で」
エレオノーラが求めるのにガブリエルは笑顔で頷くと講義に向かった。
それから講義でみっちり剣術についての指導を受け、それが終わるとシャワーを浴びてからガブリエルとエレオノーラは食堂へ。
「では、お話ししますね」
「うん」
それぞれ飲み物として紅茶を持って、ガブリエルの話が始まった。
「私の父も聖騎士であり、母もまた聖騎士でした。そして、ふたりとも聖ゲオルギウス騎士団の所属。そう、ふたりは私の養父であるザイドリッツ卿とともに戦友として戦っていたのです」
ガブリエルの両親はともに聖騎士であった。
「しかし、父ローガンはある強力な悪魔を従えた黒魔術師との戦いで傷を負って死にました。母アイラもその悪魔を強制的に宿された犠牲者を救うために身を挺して、そのまま死んでしまいました」
「それは気の毒に……」
「残念なことです。ですが、ふたりは聖騎士としての名誉ある最期を遂げたのです。私としては立派な聖騎士であった彼らの子供であることを誇らしく思います」
エレオノーラが同情するのにガブリエルはそう返す。
「それでその後、私は両親の戦友であったザイドリッツ団長に引き取られました。ザイドリッツ団長は私には聖騎士としての才能があるとして、小さいころから聖騎士として育てられたのです」
「それに不満はなかった?」
「ありませんよ。私に他の生き方ができるかと言われると分からないですし。それに才能があるならば、それを活かして人々の役に立つ方が有意義だと思うのです」
「ガブリエルさんはしっかり考えているんだね。私はさっぱりだよ」
「そんなことはないですよ。ただ、私はこの聖騎士という生き方を徹底したいと思うのです。父と母のように命を賭してでも人の役に立って、そのことに誇りが抱けるように」
エレオノーラが苦笑するのにガブリエルは穏やかにそう言った。
「ガブリエルさんならきっとそうなれるよ。頑張って!」
「ありがとうございます、エレオノーラさん」
そう言って暫し談笑したのちに、エレオノーラはガブリエルに別れを告げた。
ガブリエルはそれから次の講義に向けて準備をするために廊下を進んだ。
「──!」
その時だ。ガブリエルは邪悪な何かが学園内を駆け巡ったことに気づく。
「今のは……」
ガブリエルは嫌な予感がして周囲を見渡したのちに、邪悪な何かが駆けていった後方に向けて走った。
「──急いで、避難を! ここは食い止めます!」
そしてその方向から女性の声が聞こえてくる
「イーストン副団長──!」
それがエミリーのものだと気づいたガブリエルが全力で走る。
「また死霊だ! 気を付けろ!」
「ここを通すな!」
学園の廊下で戦っているのはエミリーと学園の警備員たちであり、その敵は悪しき死霊術によって操られている死霊の軍勢であった。
「イーストン副団長! これは!?」
「分かりません! 分かるのは襲撃を受けているということだけです!」
「では、自分も戦います!」
「お願いします!」
ここでガブリエルがさらに戦闘加入。
「聖剣エクスカリバー!」
ガブリエルが虚無から召喚したものは真っ白に輝く精神魔剣であった。
いや、これは紛うことなき聖剣だ。呪いを断ち、悪を切る聖剣である。そのことはこのエクスカリバーが放っている雰囲気からも、体で感じ取ることができた。その白き光は偉大なる上位者の存在を、神の存在を感じさせるのだ。
聖剣エクスカリバー。それは古代神術のひとつだ。古代神術の中でもまだ完全には理解されていない部類に入るものであり、歴史上このエクスカリバーを使用できたのはガブリエルを含めて3名と言われている。
その力の源は他の神術同様に神や天使であるが、その力はあまりにも強大。下級悪魔ぐらいならば、このエクスカリバーが顕現しただけで消滅するだろう。
「行きます!」
ガブリエルはそのエクスカリバーを振るって死霊たちに突撃。
その神聖なる力を前に死霊術という黒魔術で操られている死霊たちが清められ、その呪いから解放されて消滅していく。
「数が多い……! いったいどこからこれだけの死霊を……!?」
エミリーたちはガブリエルの支援を受けながらも次々に押し寄せる死霊を前に押され始めていた。徐々に後退が始まり、負傷者が出る。
「大丈夫ですか、イーストン副団長!」
「こちらは気にせずに戦いなさい!」
「はい!」
ガブリエルは身体能力強化も駆使して死霊の軍勢の相手を続ける。
古代神術による身体能力強化を駆使する聖ゲオルギウス騎士団団長アウグストに劣らないほどの反射神経とスピードをガブリエルはこの場にて発揮していた。
流石はアウグストが第九使徒教会最大戦力と呼ぶほどの力である。
「まだまだ来ますね──!」
ガブリエルが迫りくる死霊を掃討しようとしたとき、彼女が飛びのいた。
次の瞬間、彼女がいた場所に大きな斬撃の痕跡が生じる。学園の廊下を構成するそれが裂かれ、瓦礫が舞い上がる。何かが彼女を狙っていたのだ。
「躱すとはな。予想外だ」
「お前は……」
現れたのは仮面で顔を隠した男だった。恐らくは若く、そして人間ではない。その手には流れたばかりの血のように輝く魔剣と思しきものが握られている。
「聖騎士風情に名乗るななどない。ここで死ね、小娘。魔剣ミストルティンよ、敵を八つ裂きにせよ!」
男がそう唱えるとその手握る刃が虚空に向けて消え、ガブリエルを目指して伸びた。
「これは……!」
ガブリエルが回避を試みるが、刃はガブリエルの左手を切り飛ばし、鮮血を飛ばしながらガブリエルの左手が宙を舞う。
「ガブリエル!」
「大丈夫です、イーストン副団長。やれます!」
エミリーが叫ぶのにガブリエルがそう返す。
「その魔剣は人の意識外にある場所から、いわゆる死角を察知して襲い掛かるものですね。高度な能力を持った魔剣であり──お前のような邪悪な存在が握っていては皆が不幸になるものだ」
「ほざけ。今度こそ、死ね」
再び仮面の男が刃を放つ。
「だが、もう私にそれは通じない──!」
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