その時彼らは
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──その時彼らは
「やあ、カミラ。少しいいかね」
「ルートヴィヒ。私に用事か? 珍しいな」
アレックスたちのバロール魔王国での戦いが終わり、ミネルヴァ魔術学院での日々が再び始まって数日経ったある日。『アカデミー』のメンバーにして帝国第二皇子であるルートヴィヒがカミラに話しかけてきた。
「本当はエレオノーラ嬢に聞こうかと思っていたのだが、彼女は何やら忙しいようでな。そこで君に聞くことにした」
「ほう。それは何の話だろうか?」
「ここでは話し難い。こっちに来てくれ」
ルートヴィヒはカミラを誘って空いている講義室へ向かう。講義室に入るとルートヴィヒの護衛とカミラの護衛が入り口を守った。
「バロール魔王国で内戦が終結した。君たちが介入した結果なのか?」
ルートヴィヒの尋ねたかった問いは『アカデミー』がバロール魔王国の内戦に介入したか否かであった。
バロール魔王国での内戦が終結したことは、既に新聞などで報じられている。帝国は強力な仮想敵国が戻ってきたことに緊張感を覚えていた。
「もしそうだとすれば?」
「素晴らしい。我々には強力な同盟者ができたことになる」
カミラが尋ね返し、ルートヴィヒはそう言った。
「なんとまあ。人類の敵が戻ってきたというのに随分と楽観的だな、ルートヴィヒ。少しは危機感を覚えるべきではないのか?」
「いいか、カミラ。兄には人類国家のほとんどが味方に付いている。私が謀反を起こしても兄を支持する多くの人類国家によって失敗するだろう。であるならば、非人類国家を私は味方にしなければならないのだ」
「言っていることがいちいちアレックスと同じなのはジョークと見るべきか。まあ、確かにそういうシンプルな問題ではあるな」
「アレックスも同盟の必要性を理解しているのだろう」
カミラがため息交じりにそう言い、ルートヴィヒはそう言いきった。
「で、だ。本当にバロール魔王国の内戦に介入を?」
「した。我々が介入し、王党派を勝利させた。そこから先を聞きたいのだろう?」
「当然だ。どうなったのだろうか?」
「それについては私が口にすると問題になりそうだな。奴から聞くといい」
カミラがそう言った直後、霧が生じ、それが蠢くと、そこにトランシルヴァニア候が姿を見せたのだった。
「トランシルヴァニア候。あなたから話を聞けるのか?」
「ええ。お話ししましょう。バロール魔王国の内戦終結に貢献したことで我々『アカデミー』はバロール魔王国を友人としました。いや、それ以上かもしれませんな。我々は秘密条約を締結し、同盟を結んだのです」
「なんと。しかし、バロール魔王国だけか?」
「アルカード吸血鬼君主国もです。我々は今やひとつの同盟の下て手を結んでいます」
「おお。素晴らしいではないか」
トランシルヴァニア候の説明にルートヴィヒが満足そうに頷く。
「では、いつ行動を起こすのだ? 私は準備が出来ているぞ」
「それを決めるのは私ではありませんので。ともあれ、アレックス君には王位簒奪の計画があるようですが」
「ふむ。是非ともその計画が聞きたいところだ。もはや帝位の簒奪は無謀な試みではなくなっているのかもしれない」
「ええ。今は待つだけです。待てば成功が訪れるでしょう」
ルートヴィヒが期待に満ちた表情でそう語り、トランシルヴァニア候がそう言った。
「分かった。今は待とう。しかし、情報保全という観点からは問題はないのだろうな? この学園は今やちょっとした政治的緊張状態にある」
「ふん? どういうことだ?」
「第九使徒教会の聖騎士たちがいるのは知っているだろう。その連中が学園内に黒魔術師がいないか探しているそうだ。そちらでは把握していないのか?」
「話だけは聞いている。だが、そういうことならば調査しておかなければな」
「そうしてくれ。ことを起こす前に発覚してほしくはない」
カミラが言い、ルートヴィヒはそう依頼して去った。
「第九使徒教会の聖騎士か。奴らがいたな」
「現状、我々を具体的に捕捉しているとの情報はありません。ですが、昨今の帝国を取り巻く環境の変化から、帝国中央が第九使徒教会との協力関係を深めている、との情報も入っております」
「バロール魔王国という大敵が復活したことで警戒を始めたか」
帝国と第九使徒教会は歴史的に宗教戦争などを経験しており、決して仲がいいとは言えはなかった。だが、敵の敵は味方というように、帝国にとっても、第九使徒教会にとっても敵であるバロール魔王国がいるため両国は結び付いた。
「聖騎士が邪魔ならば殺せばいい」
不意に講義室にそう声が聞こえ、同時に影からエドワードが姿を見せた。
「エドワード兄。殺すというが誰が殺すのだ?」
「俺が殺してこよう。この学園には2名の聖騎士がいるが、どっちかを殺せば連中も怖気づく」
「それは大きな間違いだ、エドワード兄。奴らが怖気づくことなどない。何故ならば奴らは信仰に狂った狂信者だからだ」
「ほう」
カミラの言葉をエドワードが耳を傾ける。
「神のためにならば死んで本望。むしろ神のために死ななければ生きてきた意味がない。そこまでの頭のおかしい連中でなければ聖騎士は務まらない。特にこの学園にいる聖騎士のひとりはな」
「ガブリエル君ですな。随分とおかしな聖騎士だとか」
「そうだ。あのイカレれた聖騎士はいつ我々に切りかかってきてもおかしくはないぞ。それからもう一方の聖騎士もまた無害なわけではない。そっちは冷静に学園内に目を光らせている」
カミラが言うのは聖ゲオルギウス騎士団副団長であるエミリーのことだ。
「全く、面倒な状況だ。それでいてアレックスは状況を理解しているのか、していないのか分からないような状況だしな」
カミラはそう言って疲れたというように講義室の椅子に腰を下ろす。
「カミラ。俺を少しは頼ってくれ」
「本当に聖騎士を殺すのか、エドワード兄?」
「そこまでいかずとも捜査の攪乱ぐらいならばできる。奴らはまだ俺と俺のかつての同志たちの動きを把握していないはずだ。その点はメアリーが感づかせなかったに違いないからな」
「攪乱、か。では、それを頼むとしようか。だが、あくまでこちらへの追及を阻止するためのもの。それでいいか、兄上?」
「いいぞ。少しばかり引っ掻き回してやろう」
「ああ」
エドワードはそう言うと影の中へと消えた。
「トランシルヴァニア候。信じられるか? ついこの前までエドワード兄は私を殺そうとしたのだぞ」
「運命とは数奇なものです。ですが、今のエドワードは信頼のおける人間であることは確かですよ。彼には鉄血旅団を率いて陰謀を企ててきた実績と吸血鬼の王族という強力な力がありますから」
「忠誠という面においてはどうなんだ?」
「そこはまあ追々という具合ですな。ともあれ、すぐには裏切りませんよ。今は彼は個人の栄光よりアルカード吸血鬼君主国の栄光を求めているようですから」
「そう願いたいところだ」
トランシルヴァニア候の言葉にカミラが肩をすくめる。
エドワードは確かに今はアルカード吸血鬼君主国という祖国のために戦っている。しかし、それがいつ自分個人の名誉を手にするために変節するかは分からない。
「そもそもエドワードの助命を頼んだのは殿下では? 本来ならばエドワードはバロール魔王国から引き渡された時点で殺されていたでしょう」
「エドワード兄には小さいころに優しくしてもらった。何より血のつながった兄妹なのだ。それを殺すということは私には考えられなかったんだよ、トランシルヴァニア候。お前には分からんだろうがな」
「感情で動くことを私は否定しませんが、それが相手に読まれやすく、付け入られやすいものであるとは認識しています。殿下もご注意を」
「冷血なお前らしいアドバイスだな」
トランシルヴァニア候の言葉にカミラが鼻を鳴らしてから小さく笑った。
「エドワード兄が問題を起こさないかは心配ではあるが、もしエドワード兄が祖国にために貢献するならば今の扱いも変わるかもしれない」
「それを見守るおつもりですかな?」
「ああ。数少ない身内だからな」
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