ホテル・エンパイア
……………………
──ホテル・エンパイア
アレックスたちはそれから繁華街をいろいろと遊び回り、それから夕方になると食事のために予約をしていたホテルのレストランに向かった。
「ここだよ。予約してあるからね」
「ホテル・エンパイアか。高級志向だね」
「学生割があるから料金は気にしないでいいよ」
エレオノーラが紹介するのは帝都でも結構な高級ホテルであるホテル・エンパイアだ。パレス・オブ・カイゼルブルクには劣るものの、こちらもなかなか立派で、行き届いたサービスで知られている。
「いやはや。楽しみだよ。行こう!」
「おー!」
アレックスたちはホテルのスタッフたちに予約した客であることを示したのちに、ホテル内のレストランへと入った。
レストランはこの時間帯はバイキング形式のサービスを提供しており、様々な料理が大きな皿に盛られ、客たちはそれを取っていっていた。
「席は予約した場所だよ」
「了解だ。何を食べようか悩むぐらいだね」
アレックスたちは予約した席に荷物を置くと綺麗に整えられて置かれていた取り皿を持って、料理を取りに向かった。
「さて! 1回目はみんな何を選んだかな?」
エレオノーラがそう言って席に戻ってきたアレックスたちの料理を見る。
「アレックスはお肉が多すぎない? それ、ほとんどお肉でしょう?」
エレオノーラは眉を歪めてそう言う。
アレックスの取り皿には揚げ物のチキンやブタ、それにステーキやローストビーフなど肉がたっぷりであった。
「ここにちゃんと野菜もあるよ」
「それはポテトサラダでしょう? もっとちゃんとした野菜食べないと。次に取りに行く時には私が選んであげるね。食わず嫌いしているだけで、他の料理も美味しいから!」
「ううむ。そうしよう。自由に選んでいいとなるとどうしても肉ばかり選びがちだ」
アレックスは野菜が嫌いなわけではないが、進んで野菜ばかり食べる方でもない。良くも悪くも肉を好む男子的な舌をしていた。
「アリスさんはアリスさんで炭水化物が……」
「うぐぐ! ちゃ、ちゃんと次は野菜とお肉も食べますし……」
アリスはパスタ、別のパスタ、また別のパスタ、フライドポテト、エトセトラ、エトセトラとアレックスより偏った料理ばかり取ってきていた。
「アリス! 炭水化物は太りやすいよ!」
「よけーなお世話ですよ」
アレックスがそんなアリスの取り皿を見て笑うのにアリスはそう言って返した。
「メフィスト先生はもうデザートですか?」
エレオノーラたちがやや驚てみるメフィストフェレスの取り皿にはケーキやパイなどの甘いものがずらりと並ぶ。
「私は甘いものが好きだし、そのような欲望を押さえつけるのは健全ではないと思っている。それが冒涜的であろうとも好きなものを好きなだけ食べること私は選ぶね」
「流石ですな。そうでなければ」
悪魔らしい意見を述べるメフィストフェレスにアレックスがにやりと笑った。
「やっぱりバイキングに来たら好きなものを好きなだけ食べるって選んじゃいますよね。これは生き物ととして仕方のないことだと思いますよ」
「もー。そんなこと言って。偏食が過ぎると体に悪いんだよ」
「エレオノーラさんは何というか模範生なチョイスですね」
エレオノーラはバランスよい選び方だった。肉も食べ、野菜も食べ、パンも食べている。皿への盛り方も丁寧だ。まさに侯爵家令嬢に相応しいような食べ方であった。
「エレオノーラは我々と違ってしっかりとしているからね。それにしてもここの料理はなかなか美味しいね。これはもっといろいろと食べないと勿体なさそうだ!」
「うん。それでね。アレックスが好きな料理があったら教えてね。私もアレックスの好きなものを知っておきたいから」
「私の好きなもの、か。困ったな。好きなものが多すぎて何と言っていいのか」
エレオノーラの言葉にアレックスが首をひねる。
「ゆっくり考えて。それでね私が好きなのはレアチーズケーキ。このホテルのレアチーズケーキはとっても美味しいらしいからデザートが入るように食べ過ぎないようにしておかないとね」
「レアチーズケーキは前から食べたいと言っていたね。この前はそのレアチーズケーキが名物のお店が休みだったからごちそうできなかったよ。次はお店が開いている日に出かけるとしようじゃないか」
「え。調べててくれてたの?」
「当然だろう。君が食べたいと言っていたのに私が忘れるはずないじゃないか」
「そうだったんだ……」
アレックスがちゃんとエレオノーラのことを考えていてくれたことに、エレオノーラがゆっくりと嬉しそうな笑みに代わっていった。
「愛する人よ。君は何が好きなのかな?」
「えっとですね。私はやっぱり南部料理のパスタやピザが好きですね。パスタは海産物たっぷりのものが特に」
「ほうほう。では、次のデートは私がガイドしよう」
「楽しみですよ、メフィスト先生。うへへ……」
アリスとメフィストフェレスもダブルデートを楽しんでいるようだ。
「エレオノーラ。君はレアチーズケーキに何か思い入れが?」
「昔作ったことのあるケーキのひとつってことぐらいかな。私がお菓子作りが趣味だっていうのは言っていたでしょう?」
「ああ。君の作ったレアチーズケーキも食べてみたいよ」
「じゃあ、今度一緒に作ろうか?」
「それはいいね。そういうデートも悪くない」
「約束だね」
それからアレックスたちは食事を終えて、ホテルを出た。
「楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうね」
「全くだ。時間の進み方というのは均一ではないような気すらするよ!」
エレオノーラが呟くように言い、アレックスが頷く。
「アレックス。最後に寄りたいところがあるんだけど、付き合ってくれない?」
「もちろんだとも。どこだい?」
「ついてのお楽しみ」
エレオノーラはアレックスにそう言い、彼を帝都の繁華街から出た方面に案内していく。帝都の賑やかな繁華街を出て、アレックスたちは次第に帝都が静かになる方へと向かって行った。
「ここだよ」
「公園か。あまり着たことがないけれども」
エレオノーラがアレックスを連れてきたのは帝都にあるいくつかの公園のうちのひとつであった。風に木々が揺れる音が僅かに響くそこにエレオノーラはアレックスを連れてくると夜空を見上げた。
「見て。あんなに月と星が綺麗」
「とても綺麗だね。輝いている」
エレオノーラが言い、アレックスが明るく輝く月と星を見上げてそう返した。
「アレックス。よければ次は私の家に来てくれないかな?」
「君の家に?」
「そう。いろいろと話したいことがあるから……」
アレックスが尋ねるのにエレオノーラがじっとアレックスを見つめてそう言う。
「もちろん構わないよ。是非とも招待してくれ」
「ありがとう。次の週末はどう?」
「オーケーだよ」
エレオノーラの提案にアレックスが快諾。
「それじゃあ、そろそろ帰ろう。暗くなってきたことだしね」
「ええ。門限に間に合わなくなるよ」
アレックスはそう言ってエレオノーラの手を握り、学園に戻るための馬車に乗った。月明りは彼らを照らし続け、馬車の中ではアレックスとエレオノーラが小声で話しながら学園へと戻ったのだった。
……………………