デートのススメ
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──デートのススメ
「アレックス!」
エレオノーラが午前中の講義を終えて、食堂に食事に向かうアレックスにエレオノーラが声をかけた。午前中最後の事業は選択科目であり、アレックスとエレオノーラは別々の講義を選択していたのだ。
「や、やあ、エレオノーラ。どうしたんだい?」
アレックスはこの数日前のデートでエレオノーラが腹を立てていたのを感じていたので、まだエレオノーラが怒っているのではないかと不安そうだった。
「大丈夫。もう怒ってないからそんなに身構えないで。そう、私たちはまだまだこれからなんだってことはちゃんと理解したから、ね」
エレオノーラはそんなアレックスにそう微笑みかけた。
「でね。私たちはまだお互いのことをちゃんと把握していないから、お互いのことを知るためにデートをしよう。ダブルデートを計画してるんだ。どうかな?」
「ダブルデート……? 他には誰が?」
「アリスさんとメフィスト先生」
「ああ。構わないよ。今度はこの私がちゃんと君を満足させて見せようじゃあないか! あとアリスたちも一応!」
エレオノーラが言い、アレックスがそう高らかと宣言する。
「実はもうデートプランは作ってあるんだ。この前はアレックスに任せきりだったから、今回は私たちが考えたデートに付き合って!」
「おや。そうなのかい? それならば君の作ったデートを楽しませてもらおう!」
「うん。楽しんでいってね。デートは今週末だよ」
「了解だ」
こうしてエレオノーラはアレックスとデートの約束を取り付けたのだった。
そして、約束のデートの日。待ち合わせ場所である帝都繁華街にある銅像の前でアレックスとエレオノーラは合流した。
「おや。エレオノーラ、早かったね」
「待ちきれなくて」
待ち合わせ時間15分前にやってきたアレックスだったが、それよりも早くエレオノーラは待ち合わせ場所で待っていた。
「その服、とても似合っているよ。素敵だ」
「ありがとう。アレックスもいい感じだよ」
夏が近づき、もう長袖では暑苦しくなってきたころ。
アレックスは半袖の白いシャツとグレイのベスト、そしてベストと同じ色のズボンを纏っていた。もしかするとドレスコードのある店に入るかもしれないのでカジュアルながらもそこまで外れた格好はしていない。
エレオノーラも半袖の青いワンピース姿でその上からカーディアンという格好だった。今日のデートでは必要な小物などを入れた小さなショルダーバッグ以外には荷物を持っていない。
「おーい。来ましたよー」
「アリスさんたちも来たね」
ここでアリスとメフィストフェレスが合流。
アリスは地味なブラウスとスカート姿で、メフィストフェレスラフなスーツ姿。
「早速遊びに行きますか」
「おー!」
そしてアレックスたちはまずはアリスの案内で繁華街を遊びに向かう。
そして、向かった先は──。
「まずは本屋でだらだら過ごしましょう。カフェも併設されているので、興味ある本を買ったら話のタネにでもするとよいですよ」
繁華街にある大きな庶民向けの書店だ。
帝国の進んだ技術で安価に印刷される本は、このような書店の文化も生んでいた。地球の書店のように買った本をその場で読めるカフェが併設されたお洒落な書店で、様々な人種で賑わっていた。
「ふうむ。私もほしい本があったな。探してみよう」
「ちょっと、ちょっと。今回はデートできているのですから、エレオノーラさんと一緒に探すんですよ?」
「もちろんだとも!」
アリスが注意し、アレックスがエレオノーラの方を向く。
「エレオノーラ。一緒に本を探してくれるかい?」
「ええ。探しましょう」
そして、アレックスたちは本を探し始めた。
「おや。この本は新しいものだね。この著者の本は興味深いのでよくよく読んでいたが、これもまた面白そうだ」
「どんな本なの?」
「魔術における想像力を鍛えるための本だよ。強い意志こそが強力な魔術を生み出すのは知っての通り。その意志を、想像力を発達させるための思考力を鍛える方法が記されているものだね」
「へえ。作者を知っているみたいだったけど、同じような本を読んだのかな?」
「そうとも。前に書かれた本では科学を理解することでより効率的な魔術が発動できることが記されていた。魔術が意志の力であっても、それが発動した後には科学の理にも左右されるからね」
魔術で生み出された炎でも水によって消せるようにとアレックス。
「よければこの作者の前の著書を送ろうか?」
「本当? 嬉しい!」
「喜んでもらえて私も嬉しいよ!」
そんな会話をしながらアレックスとエレオノーラは本を見て回る。
「ハニー。これは君好みの本じゃないかい?」
「おおー! この作者は私が愛読している小説の! 新刊を出されてたんですね!」
一方のメフィストフェレスとアリスもデートをエンジョイしていた。
「メフィスト先生は何か読みたい本はありませんか? プレゼントさせてください!」
「ふむ。私が好むのはいささかバイオレンスであったり、恐怖を感じさせるものだったりするのだが。しかし、ここは君について理解するために君のもっとも好きな小説を送ってくれないだろうか?」
「ええ。ぜひとも。となると、こっちですね」
アリスはメフィストフェレスを連れて恋愛小説が並ぶ本棚を歩き回る。
「これです、これ。私のお気に入りの一冊ですよ」
「『公爵令嬢の華麗なる日常』か。面白そうだね」
「ええ。とても面白いんですよ。送らせていただきますね」
「では、私も何か送るとしよう。私が面白いと思ったものを、ね」
「それ、とっても興味あります!」
アリスはわくわくしながらメフィストフェレスについていく。
そして、アレックスたちは書店で一通り買い物を済ませると併設されたカフェで本を話題に談笑に興じた。
「エレオノーラは少し変わった本を買ったのだね。その本は……純文学かな?」
「娯楽小説だよ。普通とは違うネコの視点から人間の日常を描いた小説。私、ネコ好きなんだ。けど、実際にネコを飼ったことはなくて……」
「アレルギー? ネコの毛などで鼻づまりや喘息が起きるような……」
「違う、違う。父が小動物は嫌いで、そのせいだよ」
アレックスが心配するのにエレオノーラは首を横に振る。
「私も実は動物は飼ったことがないんだ。動物というのは小さいうちは可愛いが、すぐに大きくなり、そしてすぐに死んでしまうから、と母が言っていてね」
「私としてはそういうのを含めて動物を飼うことには意味があると思うんですけどね。情緒教育的なものというか」
「アリスは何か飼っていたのかい?」
「ええ。実家には犬がいましたよ。特にこれと言って血統書などのない庶民が飼うような犬でしたが。まあ、飼い主としては世界で一番かわいい犬でした」
アレックスが尋ねるのにアリスがそう答える。
「私も犬やネコを飼ってみたかったなあ……」
「魔術師ならばとして使い魔として小動物を飼育するようなものだろうが。どうしてエレオノーラ、君のお父さんは小動物が嫌いだと?」
魔術師ならば確かにその多くが小動物を飼育する。アレックスのいう通り使い魔とするためにだ。
全ての魔術師が使い魔を使役するわけではないが、使い魔はいるといろいろと便利な存在である。それがたとえ悪魔でなくとも、そうだ。
「父は使い魔を使わない人だから。きっと弱弱しい存在が嫌いなんだと思う。普通の乗馬のためのウマや大きな猟犬なんかは平気だけど……」
「弱弱しい存在が嫌い、ですか?」
「そう思えることがあるんだ。私には実は兄がいたんだよ」
「エレオノーラさんにお兄さんが?」
エレオノーラが語り、アリスが驚くのを、アレックスは静かに見ていた。
「兄はとても病弱で、生まれてほんの数日で死んでしまったって、昔からヴィトゲンシュタイン侯爵に仕えている人が言ってたんだ。父からは一切兄についてのことは知らされてなくて。きっと父は病弱な兄が嫌いだったんだね」
「そうかもしれない」
エレオノーラの兄が取り換え子になったことを知っているのは、この場においてはアレックスのみである。
「エレオノーラ! 次は小動物と触れ合えるデートコースも選んでみないかい?」
「いいね! そうしよう!」
何かを振り払うように言ったアレックスにエレオノーラは満面の笑みを浮かべた。
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