帰路は逆回り
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──帰路は逆回り
アレックスたちはバロール魔王国を出国し、アルカード吸血鬼君主国に向かった。表向きにはアレックスたちはアルカード吸血鬼君主国に留学していることになっているので、ここを経由しなければ怪しまれる。
「私はメアリー姉にエドワード兄について報告してくる。その間に問題にならない範囲で好きにしていろ」
カミラとトランシルヴァニア候、エドワードはオーウェル機関機関長のメアリー第一王女に報告を行うため、宮殿に向かった。
「我々はどうしようかね。何かしたいことはあるかい?」
「んー。観光、とか?」
アレックスが尋ねるのにエレオノーラがそう言って首を傾げる。
「確かに土産話のひとつでもないと本当にこの国に来たのか怪しまれますね」
「そうだね、ハニー。私も君と旅の思い出を作りたいよ」
「ぜひ、ぜひ!」
アリスとメフィストフェレスが勝手にふたりで盛り上がっている。
「では、観光と行こうか。アリスはメフィスト先生とふたりがいいだろう?」
「ええ。私たちのことはお構いなく」
そういうとアリスとメフィストフェレスはそそくさと去っていった。
「ジョシュア先生は観光とかするかね?」
「遠慮しておきます。観光には興味はありません。まあ、私はこの国の図書館にでも行っておきますので、お気遣いなく」
ジョシュアもそういうとさっさと出ていった。
「やれやれ。協調性が皆無だな、我々は」
「みんな自由が好きなんだよ。私たちはどうする?」
「我々は我々で観光をして帰ろう」
アレックスはエレオノーラにそう言って、仮の宿になっているバートリ・エルジェーベト魔術学院の学生寮を出た。
「あら、アレックスにエレオノーラ」
「おやおや。メイベル嬢、私たちに何か用事だったかい」
学生寮の傍ではメイベルがちょうどアレックスたちが泊っている寮に入ろうとしていたところだった。
「ええ。せっかくの留学生だったのにまともにこの国の案内が出来ていないなと思って。これからこの王都キングスフォートの観光名所でも紹介しようかと」
「おお。それはよかった。我々も観光をしようと思っていたところなのだ。是非とも案内してもらいたい!」
「よかった。じゃあ、行きましょう」
こうしてアレックスたちは吸血鬼の学生メイベルの案内で、このアルカード吸血鬼君主国首都キングスフォートの案内をしてもらうことに。
「まず外せないのはこの博物館だね。ヴラド5世記念博物館。ここにはアルカード吸血鬼君主国のみならずバロール魔王国などの非人類国家の歴史を明らかにするものが展示されているんだ」
「ほうほう。非人類国家の歴史には興味がある」
「少しだけ覗いていこう。学院の生徒なら入館料は無料だから」
メイベルに案内されてアレックスたちは大きな城のごとき建物であるヴラド5世記念博物館へと入っていく。
「全ての歴史のスタートは分かっていない。この世界にどうやって吸血鬼が生まれたのかも、魔族が生まれたのかも、人類が生まれたのかも」
「やっぱりまだ分からないんだね」
「ええ。けど、魔族の国家が生まれた時期は分かっている。パズズ王国という国家が紀元前3000年ごろに生まれた。この国家は魔族が初めて国家として組織したもので、この国からのちの私たちアルカード吸血鬼君主国などが生まれた」
「魔族の最初の国家……。人類の最初の国家はイーストリアだと言われているね。都市国家であり、のちに覇権を握る国家にその知識や技術を授けたとも」
展示物を見ながらメイベルが紹介するのにエレオノーラも自分たちの歴史を教える。
「そして、人類と魔族の組織的な戦いが記録されたのもそのころというわけだ」
「本当かどうかは分からないけれど、昔の戦争は今みたいに残酷ではなかったとも言われている。確かに戦争では人は死ぬし、捕虜は奴隷にされたりした。それでも相手の国を完全に滅ぼし、相手を皆殺しにしようとはしなかった、と」
「それは戦争の形態が変化しているのだろう。かつての個々の英雄がその武勇を誇る戦いから、あらゆる人種を動員した大きな戦争に変化した。その結果、戦争に勝利するには相手を皆殺しにする必要ができたのだ」
「なるほど……」
この世界にはまだ総力戦こそ存在しないものの、国民からなる国民軍が存在し、戦争の形態も徴兵による大規模動員を行うものになっている。
文明の発展は戦争を発展させたが、文明はそのために慈悲を失ったのだ。
「次は王都にある有名な公園だね。面白い公園だよ。クイーンズフォレストと言われている公園でとても広く、有名な彫刻家が作った彫像が展示されているんだ」
「あ! それって吸血鬼の彫刻家?」
「そうです。興味ある?」
「ある! 前に長命種は芸術の面で才能を示すことが多いって聞いたから」
トランシルヴァニア候は長命種は学術には向かないが、芸術には優れるとエレオノーラたちに語っていた。
「なら、見に行こう」
アレックスたちはメイベルに案内されて公園へ向かう・
「ここか」
公園はそれなり以上に広大で、アレックスは前世で聞いたことがあるニューヨークのセントラルパークを思い出した。
「彫刻はこっちだよ」
メイベルはそう言ってアレックスたちを彫刻のある場所まで連れていった。
「これがそうなのかね?」
「そう。これが吸血鬼の芸術家が作った彫刻。人間から見てどう思う?」
アレックスたちはワイバーンを描いた荘厳な雰囲気の彫刻をじっと眺める。
「恐ろしく細部まで掘られている。ワイバーンの鱗の一枚一枚から何まで。これを作るのには相当な時間が必要だったはずだ」
「そうそう。これの製作には100年近くかかったと聞いてるね。私たち長命種は割と時間の感覚がおおざっぱだから、人間とかからすると信じられないような時間の使い方をしているのかもです」
「だが、そのおかげでこんな素晴らしいものが生み出せたのだ」
アレックスたちは公園に展示されている素晴らしい彫刻を見て回り、吸血鬼の芸術家の美的センスに唸ったのだった。
「そういえばバロール魔王国の内戦が終わったらしいね」
「そのようだ。君たちにとってはいいことではないかい?」
「それはどうだろう。バロール魔王国が再び強力な同盟者になれば人類国家との友好を求めなくなると思うから。今の友好ムードは結局のところ、不利な状況での開戦を避けるためのものでしょう?」
こうして留学生を迎え入れることもなくなるかもとメイベル。
「確かに友好関係が終わったら寂しいね。本当はどんな状況でもみんなで仲良くが一番いいんだろうけど……」
「そう上手くはいかないのが現実だね。いくら未来の話を明るく語ろうと過去の積み重ねは無視できない。そして、過去において私たちは殺し合ってきた」
「悲しいことに。そして過去は変えられない。けど、これから絶対に仲良くなれないとは思いたくはないな」
メイベルとエレオノーラがそう言葉を交わしながら歩く。
「ふはははは! 後ろばかり向いていては転んでしまうよ! 前をに見なければ、前を! 私は常に前を向いている!」
そんな中でアレックスがそう高笑い。
「顔も名前も知らないご先祖様が殺し合っていたことなど私にはどうでもいい。これから私たちが愉快に暮らすために必要なことをするだけだ。そのためにはメイベル、君たちアルカード吸血鬼君主国の力も借りるだろう」
「私たちの?」
「そうだ。君たちの力を借りて、もっとマシな明日を手に入れるのだ。未来は過去よりずっといいというものだからね!」
メイベルが首を傾げるのにアレックスは昔読んだSF小説の言葉を告げたのだった。
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