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標本保管室

……………………


 ──標本保管室



 その研究棟の3階は酷く冷たかった。


「この研究棟には標本を保管している部屋がある。そこが心霊スポットだ」


「標本、か」


 この階にはこれまでの実験で得られた貴重な生理学的な標本を保管している場所がある。そこが心霊スポットとして話題になっている場所でもあった。


「剥製は大勢が好むものだ。残酷な狩りが大好きな貴族のボンボンから真剣に新種を探している生物学者まで。とはいえど、その標本とはまさに生と死を象徴するものであるとは思わないかい」


「死体を晒しものにしている。そういう意味か?」


「ノー。死体とは腐って虫に食われ醜くなるものだ。だが、剥製はそうではない。あれは死んでいながらにして生の美しさを維持している。それがたまらなくおぞましく、素晴らしいと私は思うのだよ」


 剥製にある生と死の両方の顔。剥製は死を象徴しながらも、同時に生の面もある。


「そのようなものだから人々はそこに恐怖を見出す。生と死は近ければ近いほどに恐怖を引き起こすものだ。この標本保管室にも様々な怪談話が存在する」


 アレックスが続ける。


「『この部屋に夜に近づくと苦し気な動物の声が聞こえる』やら『標本が夜中に動いている』だとか『実は人間の剥製が密かに保存されている』だとかね」


「また子供みたいな妄想だな。下らない」


「まあまあ。それでも調べる価値はある」


 そうアレックスは言うとやはり施錠された扉の前に前に立つ。


「頼めるかね、サタナエル?」


「ほら」


 サタナエルが扉を蹴り破り。道を開く。


「ありがとう。では、ようこそ標本保管室へ!」


 アレックスたちが扉を潜るとまたあの寒気が訪れた。骨まで震えるような、そんな気味の悪い寒気である。


 そんな部屋の中にはずらりと標本が置かれていた。


 ポピュラーな虫を標本にしたものが箱に入れられていくつも積み重ねられている。それから剥製が戸棚から壁まで並ぶ。これらはまるで今からでも生き返って、動きだしそうなほどだった。


 それとは対照的なのが保存液に漬けられた臓器だ。気味の悪くグロテスクなものがガラスの容器に入れられている。


「申し分ないほどに不気味だ。そして、ここには確かに動物霊の気配がする」


「ああ。既に下級悪魔になりかけている連中もいるぞ。ビンゴだな」


 この標本保管室には先ほどの慰霊碑と違って本当に動物霊がいた。アリスが使役した下級悪魔の出所はおそらくここだ、


 下級悪魔はその姿を様々なものとして形成している。生前の動物としての姿のままであったり、奇妙に歪んだものであったりと。これらは黒魔術であるアレックスたちだからこと見えるものだ。


 それらの下級悪魔たちは大悪魔たるサタナエルという自分たちより遥かに強大な存在が来ると怯えて姿を隠した。


「ここを見張らせておこう。我々もここにいる下級悪魔を使役し、利用させてもらおうじゃあないか」


 アレックスはそう言って下級悪魔の一匹を掴むと浮かび上がった魔法陣の中に放り込んだ。下級悪魔はぎゃあぎゃあと甲高く鳴いたのちにアレックスへの隷属が刻み込まれ、使役される身となった。


「君、いいかね? ここにアリスという女性が来たら知らせたまえ。できれば彼女が儀式を行っているのも足止めしてもらいたい。できるね?」


「ぎゃっ!」


 アレックスの言葉に下級悪魔はだみた声で頷く。


「オーケーだ。これでアリスがここに来れば我々は知ることができる」


「準備完了だな。狩りを始められる」


「そうとも。果たして剥製として飾られるのは我々か、それとも彼女か」


 アレックスたちはそう言って一度研究棟の標本保管室を去った。


 サタナエルが破壊した扉などについてはサタナエル由来の現実改変が行われて元通りに戻る。扉が壊れていたままの場合、アリスがやってこないという可能性があるのでアレックスがそうした。


 それから待つこと数日。


「おっと。この前の下級悪魔が戻ってきたよ」


「掴んだか」


 下級悪魔がせかせかと学生寮の窓からアレックスの部屋に入り込んできた。


「ぎゃあぎゃあ!」


「ほうほう? 間違いなく彼女が来たのか。では、我々も動くとしよう!」


 下級悪魔が報告し、アレックスたちが動く。


 すぐさま標本保管室がある研究棟へと移動し、3階を目指す。


「扉が開いているぞ」


「そのようだ。彼女も油断しているのかね」


 サタナエルが以前蹴り破った扉が今回は半開きになっており、アレックスたちがその扉を大きく開けて標本保管室の中に入り込んだ。


「物音」


 何かが落ちる音が聞こえたと思いと人が走る音が聞こえてきた。


「いないぞ。あの根暗はいない。だが、これが落ちていた」


「人形だ。アリスのだね」


 布製の少女の人形。前にアレックスがいじめっ子から取り戻したアリスのものだ。


「どうやらビンゴだったようだな。で、どうする? これをネタに脅すか?」


「言っただろう、サタナエル。味方に対して恐怖は武器にはしない。そもそも私たちはアリスを異端者だとして教会に通報できる立場でもあるまい?」


 黒魔術の使用は大陸における全ての人類国家にて法律で禁止されており、主に大陸最大の宗教である第九使徒教会が取り締まっている。


 イオリス帝国の警察機関も取り締まりは行っているが、悪魔と黒魔術に対抗するうえでの知識とノウハウを第九使徒教会は多く蓄積している故だ。


 そうであるが故に教会勢力は今も軍事組織としての面を残していた。


「しかしながら、このチャンスを見逃すのは惜しい。アリスには素直に仲間になってもらえないか頼んでみようじゃないか。彼女の黒魔術を見逃すと約束すれば私も同罪。共犯という関係は実に密接な関係であるのだよ」


「ふん。つまらん話だ。ぶん殴って脅した方が早いだろうに」


「まあまあ。彼女を私の奴隷にするわけではないのだから。彼女には進んで我々と肩を並べて戦う戦友になってもらわなければ」


「戦友、か」


 アレックスの言葉にサタナエルがそう呟いてぬいぐるみをアレックスに投げた。


「貴様の考えは分かったが、その上で聞いておく。あの根暗がともに戦うことを拒んだ場合はどうする?」


「粘り強く説得する。すぐには私はあきらめないよ。君はそのことを期待しているようだが、ね」


「そうか。じゃあ、勝手にしろ」


 サタナエルはもう興味を失ったかのように標本保管室から出ていった。


「残していったのはあいにく魔女が作ったガラスの靴ではなくぬいぐるみだが、それはそれでロマンだろう」


 アレックスはぬいぐるみを抱えて標本保管室を出て、研究棟を出た。サタナエルは既に研究棟からも出ていっており、彼女の姿は外にもなかった。


「どのように話を切り出すのか。黒魔術を使用している人間を承知のうえで通報しないのは、それだけで犯罪だ。しかし、アリスはそのことを知っているのかという問題になってくる」


 黒魔術の使用は重罪だ。ましてそれによって被害者が出ているならば死者が居なくとも極刑になっておかしくない。


 ただ、そのことをアレックスが知っているのは彼が黒魔術と同時にその周りの法律についても調べたからであって、アリスも同様とは限らない。


「さてさて。どうしたものかね。流れでどうにかなればいいのだが。あるいは彼女に対してこちらに加わる強力な理由を作るか。代案は常に考えておこう」


 ナルシストのような口ぶりで独り言を呟いたアレックスはそのまま学生寮に帰宅。


 どうやらアリスのやろうとしていた呪いは中断されたらしく、その日のうちに次の被害者が出るようなことはなかった。


 しかし、このまま放置すればいずれアリスは次の獲物を呪う。


「第九使徒教会から留学生と称して聖騎士(パラディン)がクラスにいる中、下手なことはしないでほしいのだがね」


 そう、今のミネルヴァ魔術学園は異端者狩りの最たる存在がいるのだ。


 第九使徒教会最大戦力と称される最強の聖騎士(パラディン)──ガブリエルが。


……………………

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