血を分けた……
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──血を分けた……
共和派残党が立て籠もる要塞はほぼ陥落した。
いくら死を恐れず戦っても、戦力差は明確であり、猛攻を仕掛ける王党派の攻撃を前に押され続け、その戦力は肉挽き器に突っ込んだようなミンチになっていった。
「制圧、制圧!」
「我々の勝利だ!」
そして、ついに要塞に王党派の旗が掲げられたのだった。
「エドワードはここにいるという話だったが、見つかったか?」
「はっ。先ほど地下で発見して連行しております」
「ご苦労」
オフィーリアが部下に確認し、それからアレックスたちの下に来る。
「エドワードを引き渡そう。事前の約束通りだ」
「ああ。引き渡してもらおう」
そう応じるのはカミラであった。カミラがアルカード吸血鬼君主国を代表して、エドワードの身柄を引き受けることになっていた。
「こちらです、殿下」
王党派の兵士に案内されて、カミラたちが移動する。
「おやおや。エドワード兄、こんなところで会うとは」
「カミラ……」
エドワードはやはりカミラの兄らしく、銀髪の男性だ。貴人として武装解除はされているが、拘束はされていない。彼は敗北を前にすっかり落胆した様子で王党派の兵士たちに囲まれていた。
「俺を殺しにはるばるこんな辺境までやってきたのか? ご苦労なことだ」
「ああ。全く、自分でもなんでこんなところまできたのかと思っているところだ」
エドワードがそう言い、カミラが肩をすくめてそう言った。
「殺すならさっさと殺せ。俺には既に王族としての特権もないのだろう」
「殺すのは簡単だ。実にな。ここにはオフィーリア元帥やトランシルヴァニア候もいる。それにエドワード兄には既に生きる気力もないようだからな」
「夢破れたりというところだ」
カミラの言葉にエドワードはそう言ってため息を吐いた。
「だが、エドワード兄。状況はあなたが望んだような方向に向かっていると気づいていないのか? バロール魔王国の内戦は終わり、我々はついに人類国家に対して行動ができるようになったと」
「だから何だ。俺は王族として育てられた。それがどういうものかをお前は知っているはずだ。俺たちにとって歴史とは自分の手で作らなければ、全ては無価値だ」
そして自分には既に歴史を作る権力は失われているとエドワード。
「それに、だ。俺を殺したいのはメアリーたちだけではない。王党派も共和派に与した俺を殺したがっているはずだ。それをお前に防げるというのか?」
「あなたの忠誠の問題だな、それは。エドワード兄が我々とともに戦うというのであればアデル陛下に助命を乞うてみよう」
「俺にお前の犬になれと?」
「何も成せず逆賊として死ぬのと、犬として何事かを成すのではどっちがマシだ?」
「ふん」
エドワードはそう言って鼻を鳴らすと少し考え込んだ。
「そうだな。お前は俺の妹だ。一度は殺そうともしたが、血を分けた兄妹だ。いいだろう。お前のために戦ってやる。俺の刃と牙をお前に捧げよう、カミラ」
エドワードはそうはっきりと告げ、カミラの前に跪いた。
「ああ。ありがとう、エドワード兄。私も殺したくはなかった」
そう言うとカミラは一度エドワードが拘束されている部屋を出た。
「始末は付けたか?」
「いや。エドワード兄はこのまま連れて帰る」
「ほう? 逆賊を生かしておくと?」
オフィーリアが目を細めてカミラを見る。
「吸血鬼の王族は他にはない力を持っている。それを失いたくないだけだ。これからの戦いのためにもな」
「これからの戦い、と来たか」
「これからが本番だ。だろう、アレックス?」
カミラはそこでアレックスの方を向く。
「いかにも。これからが我々の戦いだよ。考えてみればいい。我々は黒魔術を保護するために『アカデミー』を立ち上げ、これまで動いてきた。しかしながら、現実問題として帝都で黒魔術を使えば火あぶりだ」
アレックスはカミラたちにそう語る。
「前にも言ったようにこれを覆すには帝国の現体制を転覆させるしかなく。そして、そのためには戦う必要がある。戦いの場はついに我々の祖国へと移るのだよ!」
アレックスは黒魔術師である自分たちが迫害されないように、帝国の今の体制を破壊するつもりだった。そのためにこれまで彼は動いてきたのだ。
「エドワード殿下が戦いに加わってくれるのであれば喜んで歓迎しよう」
「そうしてくれ。それからエドワード兄はもう殿下と呼ばれる立場にない」
「では何とお呼びすれば?」
「エドワードとだけ呼べばいい。トランシルヴァニア候、エドワード兄のための偽装身分の準備と保護を要請する」
カミラはアレックスとトランシルヴァニア候にそう言う。
「畏まりました、殿下。しかし、メアリー王女殿下にも報告することになります」
「しておけ。私もメアリー姉と事を構えるつもりはない」
密かに大逆人であるエドワードを殺さずに匿ったとなれば、それは国家と王室に対する反逆の意志ありと見られる。
そこでカミラは表向きはエドワードが死んだことにして別の身分を準備し、かつメアリーを始めとする王族たちにはこの事実を知らせることにした。
「報告した結果、エドワードを殺せと命じられた場合はいかがしますかな?」
「そのときは私がやろう。それでいいか?」
「ええ。結構です」
トランシルヴァニア候はそう言うと霧になって消えた。
「さて、これで終わりだ。これからどうする?」
「何をとぼけたことを言っているのだね、カミラ殿下。終わったら帰るに決まっているだろう! こんな辺鄙な場所にいつまでもいてもしょうがない」
カミラが尋ね、アレックスがそう答える。
「さて、エドワード。これからよろしく頼むよ!」
「ああ。可能な限り力になろう。少なくとも目的が一致している間はな」
こうしてエドワードがアレックスたち『アカデミー』に加わった。
彼らはそれから再びドラゴンに跨って帰投し、アデルに事の顛末を報告することに。
「つまり、殺しはしないと。表向きに死んだことにするだけか」
アデルはやや不満げにそう言う。彼女にとってはエドワードは共和派の逆賊たちに与した人物であり、自分の敵であった。
「分かった。好きにしろ。我々は身柄を引き渡すと約束していた。それ以降のことはそちらに任せるのは筋だろう。だが、二度と我々の敵にならないようにしておけ。裏切り者は何度でも裏切るというからな」
「もちろんだ、アデル陛下」
アデルが言うのにアレックスたちが頷く。
「これで内戦にもケリがついたということでいいだろう。バロール魔王国はいざという時にアルカード吸血鬼君主国とともに我々『アカデミー』を支援してくれるかね?」
「ああ。約束しよう。受けた恩は返す。来る時がくれば我々はお前たちを支援する」
「ありがとう、陛下。これで我々も少しは安心して眠れるというものだよ!」
こうしてアレックスたちはバロール魔王国の支援を取り付けた。
山岳地帯での作戦も終わり、アレックスたちは帰国のための準備をしつつ、王城で過ごしていた。再び偽装のためのアルカード吸血鬼君主国に出国して、それを経由して帝国に帰国するのだ。
「ねえ、アレックス」
「何だい、エレオノーラ?」
王城の客室でアレックスがくつろいでいたのに、エレオノーラが訪れた。
「これから本当に帝国の、今の体制を倒すの?」
「少なくとも私はそのつもりだ。そうしなければ我々はいずれ火あぶりだからね」
「でも、それって帝国を相手に戦争をする、ということだよね?」
エレオノーラは不安そうにそう尋ねる。
「そういうことになるね。やはり不安かい?」
「私は平気。あなたのためならば世界だって敵に回していい。けど、他の人はそうじゃないかもしれないと思って」
「アリスたちか」
「うん。アリスさんたちは帝国を敵に回してまで黒魔術をどうこうとは思わないかもしれない。だって、考えてみて。帝国を敵に回せば、アリスさんたちのご両親も逆賊となってしまうんだよ?」
そう、身内から逆賊を出せば、家族もそう扱われる。直接関係がない限り、死罪にはならないだろうが、長期間拘留されるだろう。
「アレックスのお母様だって……」
「安心していいよ。家族については保護する準備がある。我々全員のね。ただ、それを受けてもらうには向こうの同意が必要だ。君の父は特に責任ある立場だから、保護を拒否するだろう」
「……父はどうでもいい」
アレックスの言葉にエレオノーラがそう言う。
「君の唯一の肉親だろう。何かあってからでは手遅れになるよ」
「父は私のことを思ったことなどなかった。私も父のことを思わない。恐らくはずっとそうなる。父が私のことを気にかけてくれるなんてありえないから」
「そうか……」
エレオノーラの言葉にアレックスはそう小さく呟いた。
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