残る仕事と同盟と
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──残る仕事と同盟と
魔王アデルは内戦に勝利した。
内戦は予想外の展開を迎えたものの、共和派は今や瓦解し、その勢力は消滅している。生き残った共和派も王党派に降伏し始め、人類国家による陰謀は失敗に終わった。
「アデル陛下万歳!」
万歳の声がこだまする王城。自らに下った共和派に対してアデルは寛容な姿勢を示し、そのことでかつての敵もアデルを指示している。
しかし、やるべきことはまだ残っていた。
「準備は完了です、アデル陛下」
「いつでもやれるぞ」
オフィーリア指揮する陸軍の憲兵部隊がアデルがいる執務室で待機していた。
「分かった。今回の戦勝祝いには大勢が集まるが、全員が私を魔王として認めるものではない。共和派が去った今、そういう連中を庇ってやる必要もない」
アデルがそう語る。
「予定通り行え」
「了解だ」
そして、王城にて戦勝祝いが開かれた。
共和派に対する確かな勝利が祝われ、王党派の幹部たちも集まり、王党派内のそれぞれの派閥の指導者たちも集まっていた。
「これ、美味しいですね」
「本当だ。不思議な触感だけど何の肉だろう?」
「……人肉じゃないですよね……?」
アレックスたちも招かれており、アリスたちは戦勝祝いで提供される料理を味わっていた。テーブルには色とりどりで様々な料理が提供されており、魔族たちはそれを豪快に味わっている。
「この場は彼らのマナーに従って食事をするとしよう」
「豪快に、か。悪くはない」
豪快に飲み食いすることが魔族にとってのテーブルマナーだ。客人が主人から施された接客に大いに満足しているということを示すことこそが、魔族にとって招かれた側のとるべき態度である。
人間とは違うが、彼らも社会を構築しており、それに伴う儀礼は発展しているのだ。
「ところで、ジョシュア先生は?」
「ジョシュアならトランシルヴァニア候と一緒に王城の書庫にいるぞ。ふたりともパーティーよりもそっちの方がいいといっていた」
「全く。招かれたと言うのに」
カミラの語るジョシュアとトランシルヴァニア候の様子にアレックスは呆れていた。
「それにこのパーティーが何事もなく終わるとも思っていないようだったからな」
「流石は長生きしている。嗅覚が鋭い」
そう、このパーティーがただの王党派の幹部たちを招いた戦勝祝いでは終わらないとジョシュアたちは判断したのである。
音楽が響き、酒がそれぞれの客に十分に回った時、扉が大きく開かれた。
「な、なんだ!?」
列席者たちがうろたえる中、武装した憲兵たちがいっせいに流れ込み、武器を構える。それからオフィーリアがその姿を見せた。
「憲兵! 反逆者どもを拘束しろ!」
その扉から入ってきたオフィーリアがそう叫び、憲兵たちが一斉に招待客の内、アデル支持派以外の派閥に所属しているものを次々に拘束していく。
彼らは王城の庭に連行され、そこで斬首されていった。
「うわー……。えらいことになりましたよ」
「本当だ。でも、こうなるってことは少し予想できたかな」
「そうなんですか?」
「だって、もう敵はアデル陛下の身内しかいないんだもの」
王室の歴史は身内殺しの歴史とエレオノーラがアリスに語った。
「そういうことだ、アリス。後継者が多すぎても揉めるし、いなくても揉める。それが王室の抱えるジレンマだ。そして、これでアデル陛下は我々の同盟者となってくれるだろう。さあ、そうだろう、アデル陛下!」
そして、アレックスが静かに主の座にいたアデルに問う。
「ああ。お前たちには世話になったからな。それにこれでもう制約はない」
アデルは少しばかり満足そうにそう言った。
「しかし、まだ片づけるべき問題が残っていたな。メーストル男爵が約束していたと思うが、エドワードの身柄の件だ」
「引き渡してくれるという話だったが、捕らえられたのですか?」
「いいや。共和派の残党とともに逃げた。それを掃討するのが最後の仕事だな」
「おやおや。サービス残業か」
エドワードは生き残っている共和派残党とともに逃走しているが、アデルはどうやらその場所は掴んでいるようだった。
「お前たちは既に十分我々に貢献してくれた。よってエドワードについてはこちらで完全に片づけてもいい。もちろん、お前たちが協力してくれるというのならば喜んで受け入れるとしよう」
「協力しなければ信頼を損ないそうですな。手伝いましょう」
「助かる。これまで身内で殺し合ってきたせいで、あれこれと軍は弱体化している。再び万全に戦えるのはまだ先だろう」
アデルはこれから再びバロール魔王国を一致団結させ、軍と経済を立て直し、そして人類国家との戦争に備えなければならない。そのためにやるべきことは多く、これ以上戦争をやっている余裕はなかった。
「こちらの準備が出来たら知らせる。まあ、そう大した戦いにはならないだろう」
アデルはそう言い、形だけになってしまった戦勝祝いの場から去った。
「さて、エドワードの身柄を手に入れたらどうするかね、カミラ殿下?」
「いろいろと考えてはいる。まあ、エドワード兄次第だな」
アレックスたちはエドワードに個人的な恨みはなく、関係しているのはカミラだけだ。そのカミラはどうでもよさそうにエドワードについて話していた。
「吸血鬼が身内をどのように始末するのかは興味があるが、今日どうこうできるわけでもないし、今日は早く休もう」
アレックスたちは次の戦いに備えてさっさと休むことに。
寝る前にエレオノーラたちは王城の大浴場を利用して、ゆっくりと疲れを癒すことにした。エレオノーラ、アリス、カミラたちが大浴場に向かう。大浴場は王城のそれとして学園のものより立派だと聞いていた。
「今回も激戦だったね」
「何かああいう戦いに慣れていく自分が怖いです。絶対非日常でありえないはずなのに、アレックスとつるんで以降、こういうことが多い……」
「私も慣れたかな」
そんな話をしながらエレオノーラたちは大浴場に入った。
「おや。お前たちか」
「オフィーリア元帥」
大浴場にはオフィーリアがいた。オフィーリアは大浴場の湯船に浸かり、のんびりしている様子だった。
「ところで、共和派の残党掃討に参加すると聞いたぞ」
「ええ。参加するつもりです。そうした方がバロール魔王国は私たちに協力してくれるでしょうから」
「私たち、か。『アカデミー』という秘密結社」
「そう、『アカデミー』のためにここまで来たんです」
オフィーリアが確認するのにエレオノーラが応じる。
「では、聞いておこう。『アカデミー』の目的とはなんだ?」
「黒魔術を研究するのを保護する、というところです。アレックスは少なくともそういうことをやりたいって思っているので、私はそれを助けたい」
「黒魔術の研究を保護するのに我々と同盟するのか」
エレオノーラが説明するのにオフィーリアが顎をさする。
「4世紀前の魔術への迫害の際には、人間の魔術師たちは自分たちの魔術を残そうとした。しかし、そのために我々バロール魔王国の力は借りなかった」
そう語るオフィーリア。
4世紀前の宗教戦争の際に魔術師たちは黒魔術を使ってでも魔術を後世に残そうとした。しかし、そんな彼らでもその際に人類の敵であるバロール魔王国に頼るようなことはなかったのだ。
「アレックスという男は本当は何を企てているのだろうな」
オフィーリアは興味深そうにそう呟く。
「きっと何も考えてないですよ。ちゃらんぽらんした人ですから」
「そんなことはないよ。何か目的はある、と思う……」
アリスがやれやれという様子で言い、エレオノーラがアレックスを擁護しようとしたが、いい言葉が出てこなかった。
「いずれにせよバロール魔王国はお前たちに借りができた。それはいつか返そう。可能であれば派手にな」
オフィーリアはそう言ってにやりと笑った。
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