『禁書死霊秘法』に住まう獣
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──『禁書死霊秘法』に住まう獣
トランシルヴァニア候が立案した作戦が実行に移された。
餌となるのはアルフォンス元帥関係の資料。恐らくは国家保衛局が一番知りたいであろうアルフォンス元帥の王党派への合流の経緯と理由も記されている。
「これを盗まれたら大変だよ、トランシルヴァニア候」
「ええ。だからこそ、意味があるのです」
「あなたはなかなかのギャンブラーだったのだね」
アレックスはかなりの賭けになる作戦を提案したトランシルヴァニア候をにやりと笑って見た。トランシルヴァニア候は自信に満ちた様子で分厚い資料を眺めている。
「さてさて。こうして見張っていては敵も引っかからないだろう。敵が手を出すように様々な場所になじませ、誘い出さなければならない。作戦開始だ」
アレックスがそう宣言し、資料が様々な場所に運ばれる。
陸軍司令部ではオフィーリアやアルフォンスがそれを見てから意見を述べるなどし、空軍司令部ではコルネリウスがそれを見てから厳重に金庫に保管するなどした。
こうして資料の重要性がアピールされたのちに、様々な場所でそれを保管する。手は出しにくいが、重要な資料として保管されていることがアピールされ、さらには少しばかりの隙も作られていた。
「魔族は本来情報というものをどうこうして戦う戦士たちではありません」
アリスの使い魔が送ってくる情報を見ながらトランシルヴァニア候がそう語る。
「彼らは正々堂々と正面から戦い、そこで力を示すことで部下たちを統率していた。近年に入って情報や戦略が大事だということは理解するようになっても、その根底にあるものはなかなか変わらないものです」
「情報軽視というものですね。文化としてそういうものが根付いていると改革はなかなか難しいものです。さらに成功体験がそれに付随していれば、ますますその悪い慣習は残り続ける」
「その通り。彼らにもそろそろ根底から認識を改めてもらわなければ」
ジョシュアがそう言い、トランシルヴァニア候が頷く。
「情報が大事だ。相手にカードが見えていポーカーやババ抜きがどれだけ簡単か。逆にこちらの情報が盗まれればたちまち不利になるというもの」
「そうだね。けど、またずーっと監視するのかあ……」
「交代で見張って、担当じゃないときにはカードゲームでもして遊んでいよう」
「何にする? みんなでやれるのにしよう!」
「私は七並べでは負けたことがないので七並べだ」
アレックスたちはトランプで遊び始め、監視は続く。
「動きがあった」
「おや?」
七並べに飽きて次は大富豪をしていたアレックスたちにカミラが告げる。
「見ろ。どうにも怪しい動きの将校がいるだろう」
「確かに。あれは怪しい」
将校のひとりが置かれている資料を盗み見るようにちらちらと視線を向けていた。彼は人がいなくなるタイミングというものを見計らっているかのように思えた。
「いよいよ釣れたかもしれないぞ。どうする?」
「確実に捕えたい。それもちゃんと生け捕りにしなければ」
カミラが尋ね、アレックス顎をさすりながらそう言う。
「であるならば、私に任せてください」
そこで名乗りを上げたのはジョシュアだ。彼が『禁書死霊秘法』を手にそう言った。
「おお。ジョシュア先生がやる気になっているとは! これは素晴らしい! 是非ともお願いしようではないかっ!」
「分かりました。私としてもこれを一度本格的に使ってみたかったので」
ジョシュアはそう言うと『禁書死霊秘法』を開き、詠唱を始めた。何やら意味の分からない単語が続く中、不意に部屋の気温がぐっと低下する。
「来たれ、『────の獣』」
不明瞭な単語が混じったが、アレックスたちにも最後の獣という単語は聞き取れた。
そして、その詠唱が終わった直後におぞましい獣の雄たけびが響く。
「な、何が召喚されたんです……?」
「古く、そしてこれまで人間と接触する機会が少なかった魔術的存在です。それ以上のことは今は断言できませんので控えさせてもらいましょう。名前が呼べないと不便なので『禁書死霊秘法の獣』とでも呼んでください」
「は、はあ……」
アリスはジョシュアにそう言われ、小さく頷く。
「さて、では獲物を追い、捕らえましょう」
ジョシュアはそう宣言するとその召喚された『禁書死霊秘法の獣』が解き放たれ、機密文書を狙っている不審な将校を追う。
「将校が資料を手にしたぞ。持ち逃げするつもりのようだ」
「逃がしはしないとも」
冷気と影、そして奇妙な唸り声とともに『禁書死霊秘法の獣』が王城内を素早く進んで行き、司令部から資料を持ち出した将校を追う。
その姿は黒い影のようで、もやがかかっているかのように把握できないが、じっと見ていると何やら恐ろしいものに見られているような感触を受け、その恐怖は瞬く間に高まっていくというものであった。
そんな『禁書死霊秘法の獣』が逃げる将校の背中に迫る。
「う、うわああああっ!」
ついに背中を捕らえた『禁書死霊秘法の獣』が将校を襲い、将校が叫ぶ。恐怖から狂ったように叫びまくった。
「捕らえました。同時に早速尋問を始めています」
「尋問を?」
「ええ。どこの誰に雇われているのか、などなど」
ジョシュアが何気なくそう語るのに皆が首をひねる。
「尋問しているのは私でなく『禁書死霊秘法の獣』ですがね」
そう、ジョシュアの放った『禁書死霊秘法の獣』が将校を尋問してたのだ。
その様子がアリスの使い魔のそれのように映像と音声を遠くにいるジョシュアたちに送信してきた。
『す、全て話す! 全て話すから許してくれ!』
将校は命乞いをするように『禁書死霊秘法の獣』に向けて叫び続けた。
『誰に雇われている?』
『あ、あ、国家保衛局の人間で、オーレルという男……』
『その人間とはどこで接触する?』
『お、王城の外にある公園のベンチで……』
しわがれた恐ろしい声が尋ねるのに将校が答えていく。その恐らくは『禁書死霊秘法の獣』の声だろうものは化け物が人間の声を物真似しているかのようで、酷く気味が悪いものであった。
「尋問までしてくれるとは何とも便利な使い魔だ」
「精神操作を使っているので事実を聞き出せていますよ。私は拷問だとかなんだとか、無駄に血なまぐさいのは好きではないのです。野蛮ですから」
アレックスが感心するのにジョシュアはそう答えた。
そのまま『禁書死霊秘法の獣』は将校を尋問し続け、尋問を終えると将校を気絶させた。そして、そのまま『禁書死霊秘法の獣』は消滅。
「いたぞ」
「連行しろ」
そこに王党派の兵士たちが到着し、将校を連行していく。
「さて、これからどうするんだ? 国家保衛局のスパイを拘束したものの、内戦そのものが集結する気配はないが」
将校が拘束されたのちに、そうカミラが指摘する。
「国家保衛局のスパイをこのまま根こそぎにしたのちにすべきことがある。共和派にトドメを刺すための作戦だ。その作戦はまさしく電光石火。私にはそういうアイディアがあるのだよ!」
「ほう。説明してもらえますか?」
「いいだろう。説明しよう!」
アレックスはトランシルヴァニア候たちが求めるのに高らかを語る。
「それは敵首脳陣を纏めて殺害するもの。すなわち斬首作戦だ!」
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