浮かび上がる陰謀
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──浮かび上がる陰謀
アレックスたちがアルフォンスを味方に引き入れていたとき、アリスたちは王城にてスパイ探しに励んでいた。
「とは言えど、どう探したものやら」
手掛かりは一切なし。疑わしい人間の候補もなし。あるのは国家保衛局が間違いなく介入しているという事実だけ。
「オーウェル機関ではこういうときどうするんです?」
「どのようなスパイも全く整えられたシーツを乱さずに情報は手に入れられない。何かしらの痕跡を残す。こちら情報が不自然に敵に把握されていたり、間違った情報が連続して手に入るなどな」
「なるほど、なるほど。今回の場合だと、どうなるんでしょうか?」
「共和派が不自然に王党派の動きを読んだケースがないかから調べるべきだろう」
スパイがいて、それが害になっているということは情報が盗まれているか、偽情報を掴まされているかである。では、その被害から辿れば犯人は分からなくもないだろう。
「問題は行動を起こさず、ずっと潜んでいるスパイだ。こいつは決定的な場面で動き、場をひっくり返す恐れがある」
「うへえ。スパイ探しは大変ですよ」
「その上、情報保全の観点から名誉もない」
情報機関の人間はいくら華々しい功績を上げても、情報を保全する観点からその功績が公の場で褒めたたえられることはない。
「今はどんな情報が流れたかを把握すべきでしょう。具体的に行動を起こすのはアレックス君たちが暴れてきて、国家保衛局が行動を起こす必要にかられて、迂闊に動くのを待ってからでいいかと」
「了解です、ジョシュア先生」
ジョシュアがそう言い、アリスたちが頷く。
「どんな情報が漏れたかについて王党派の連中に聞く必要があるが、連中が教えてくれるかどうか。奴らにとっては我々も油断ならないよそ者であるしな」
「そこは魔族にも友好関係があるトランシルヴァニア候閣下辺りを頼りましょう」
そんなこんなでトランシルヴァニア候に王党派から盗まれた情報や、与えられた偽情報について調べてもらうことに。
「複数の情報の流出がコルネリウス元帥から知らされました」
トランシルヴァニア候がそう告げる。
「しかし、情報の幅はそう広くありません。いずれも軍事行動上の情報の流出であって、内政面などについては漏れていない、と。王党派側の確認が不十分なだけの可能性もありますが」
「軍事行動上の情報流出といいますと、作戦がばれていたというものですか?」
「その通りです。待ち伏せや奇襲の情報が漏れていたとコルネリウス元帥は言っています。これで考えられるのはいくつかの部署に制限できます。司令部からの流出か、兵站などの後方支援からの流出か、あるいは末端の兵士からの流出か」
「まだまだ広すぎますねえ……」
トランシルヴァニア候が語るのにアリスがそう愚痴る。
「ですが、敵が軍事行動についての情報入手に力を入れているならば、こちらとしてもやりやすい。敵はオフィーリアたちがアルフォンス元帥を襲撃した事実について情報を手に入れようとする場合、無茶をしなければならないのですから」
「そうですね。これまでの情報とは全く違う情報でありながら重要であるが故に。まあ、それも敵の長期潜伏している工作員がいなければという話ですが」
トランシルヴァニア候の言葉にジョシュアがそう言う。
「我々がまず何ができるかを確認しておくべきだろうな」
カミラがそう言って居残り組を見渡す。
「私は魅了で精神操作が行える。嘘を暴くだけでなく、敵に嘘をつかせることもできる。いろいろと役に立つだろう」
と述べるカミラ。
「私は下級悪魔の使い魔による盗聴、盗撮ですね。監視においてはそれなりに役に立ちますよ」
と、アリス。
「ふむ。私には『禁書死霊秘法』がある。この魔導書には強力な使い魔が封印されているのだよ。その使い魔は戦闘だけでなく、魅了のような精神操作も行える」
と、ジョシュア。
「私は長年の情報世界への貢献、それから得られる経験を提供しましょう」
と、トランシルヴァニア候。
「では、トランシルヴァニア候の指示でアリスが探し、ジョシュアと私で暴くか。そんなところだろう。まずは軍の司令部を見張る方向で行こう。早速だが、何か意見はあるか、トランシルヴァニア候?」
「手掛かりなしで獲物を追う場合、獣の狩りを参考にすることですな。すなわち追い立てて、追い込む。わざとらしく狩りをしているように振る舞う演技もときとして、演技以上の効果があるというものです」
「なるほど。参考にさせてもらおう」
トランシルヴァニア候の言葉にカミラが頷く。
「おや? 何か騒がしくなってきましたよ?」
そこでアリスが周囲を見渡す。
「どうやらアレックス君たちが帰ってきたようです。お土産もあるようですよ」
「あれはアルフォンス元帥か。なるほど。ただ暴れてきたわけではない、と」
ジョシュアが窓の外を見てそう言い、トランシルヴァニア候が頷く。
そう、アレックスたちがアルフォンス元帥を連れて帰ってきたのだ。帰りはドラゴンで飛んで来たらしく、王城の離発着場にはドラゴンがいた。
「やあやあ、諸君! こちらは無事任務完了だよ。そっちは動き始めているかい?」
「これからですよ。まだなーんにも手掛かりがないので」
アレックスが騒々しく尋ねるのにアリスが肩をすくめた。
「アルフォンス元帥は私たちの仲間になったよ。これで動きはあるかな?」
「なければ困りますよ、エレオノーラ嬢。これが頼りだったのですから。少なくともこっちにはこれより合理的に、説明がつく形で敵の工作員を見つけ出す手段はありません」
エレオノーラの報告に対してジョシュアがそう返す。
「そういうことだ。では、早速行動に移ろう。事前の決定通り司令部を洗う。が、こうなると他の場所でも動きがあるだろうな」
「こちらで人員を手配しておく。怪しい動きの連中を探させておこう」
「頼もうか、オフィーリア元帥」
そして、バロール魔王国王党派内でのスパイ狩りが始まった。
スパイはどこにいるのか。
アルフォンス元帥の王党派合流という一大ニュースの真相を探るために、間違いなく国家保衛局が送り込んでいる資産は動くはず。その資産を捕らえ、寝返らせることで国家保衛局の工作を妨害するのだ。
「司令部は相変わらず慌ただしいですが、いささか妙な動きがあるようですね」
「へ? どこにです?」
「この人物は本来この場所に出入りできる将校ではありません。捕らえましょう」
トランシルヴァニア候が指摘するように本来なら出入りできない場所に入り込んでいた将校が見つかり、その身柄が拘束される。
トランシルヴァニア候は王党派に対する情報マネジメントのアドバイスも行っており、情報の取り扱い資格というものを設け、厳格に情報を管理するようにしていた。
それまでの王党派ではそもそもそれがなされていなかったので、情報は誰でも持ち去り放題であったのだ。
拘束された将校はカミラの魅了を使った取り調べで国家保衛局とは無関係であると分かったものの、カミラたちスパイ摘発チームは油断しない。
それからも何件もの情報漏洩を阻止しつつ、カミラたちは確実に獲物に近づいていた。そして、トランシルヴァニア候がひとつの作戦を立案する。
「ここにアルフォンス元帥が合流した経緯と彼の保有戦力を纏めた資料があります。当然ながら漏洩は大きな損失です」
トランシルヴァニア候が告げる。
「これを餌に獲物を釣り上げましょう」
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