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心霊スポット

……………………


 ──心霊スポット



「この学園にはいくつかの心霊スポットがある」


 アレックスはそう言いながら学園の中を歩く。


 豊かな広葉樹が多く植えられた学園内の並木通りを進み、立ち並ぶ石造りの歴史ある建物を背にアレックスとサタナエルはいつもの活動範囲からがずれた位置にいた。


「トイレの鏡は定番だ。トイレという水を扱う場所と鏡という記号は霊的存在を連想させる。どこにでもこの手の話はあるものだ。私の知る限り学校には必ず『トイレの○○さん』というお化け話があった」


「そして、その多くがペテンだ。水と鏡だけで霊的存在をどうこうはできん」


「そう。あくまでそこにちゃんとした霊的存在が存在する理由が必要だ。水と鏡はそれを増幅させるための手段に過ぎない」


「であるならば、どこを探す?」


 アレックスが頷くのにサタナエルがそう尋ねてきた。


「動物霊が間違いなくいる場所が2か所ある。そこを探す」


「ふむ」


 アレックスが先導して学園の中を研究区画へと入っていった。


 ミネルヴァ魔術学園には研究機関としての機能もある。


 昔から教育機関と研究機関はふたつでひとつだった。学問というものは師から弟子に伝えられ、教育は議論の中で行われた。学問を学ぶということはその初期においては研究そのものだったのだ。


 学問が歴史によって積み重なると前提知識が必要になり、それを教育するための教育機関が分離したものの、性質としては今も教育とは研究である。


「このミネルヴァ魔術学園では実験動物を使った研究も行われている。それらの研究で犠牲になる動物たちに人は多くの勝手なイメージを持つ。人間を恨んでいるだとか、苦しんで死んだとか、ね」


「それらが動物霊の発生源か。納得する話ではある」


「霊的存在はそれが無防備である場合、外部からの影響を受けやすいと言われている。基本的に悪意に対して悪意ある影響を受けるとされる。死者を弔う葬儀とはそのようなことを避けるという経験則的な意味があった、そうだ」


 霊的存在についても魔術同様に再現性が欠けた部位が多く『Aという場合にBを行えば結果は絶対にCになる』という法則は存在しないと言える。


 アレックスは憶測を語るように言葉を紡いでいるのはそういうことだ。


「邪悪なものは死後に地獄に落ちる。だが、その前に魂が『変性』するということはあるな。それが人間のちっぽけな意志の積み重ねか。あるいは俺たち悪魔がそそのかした結果か。ともあれば忌まわしい神の仕業か」


「定かではないが、ひとつ言えることがある」


「何だ?」


「私の魂は永遠に地獄に落ちることすらもないということだよ、我が親愛なる地獄の皇帝サタン」


「はっ! だと、いいがな、アレックス。貴様が地獄に落ちればさぞその歓迎は賑やかなことだろう。貴様を迎えたがっている悪魔は多い」


 アレックスの魂は流転を続ける。未来から過去へ。何度でも。


「で、だ。動物を扱っている研究棟はふたつ。ひとつは実験動物の死体を焼却する焼却炉があって、そこに心霊話が出回っている」


「そこであの根暗が下級悪魔を手に入れたかもしれないというわけだな。しかし、下級悪魔がいるとしても現場を取り押さえなければならんぞ。下級悪魔に聞こうにも連中は言葉すら解さん」


「その通り。というわけで、こちらも悪魔を仕込んで見張らせる。どこでアリスが下級悪魔を従えているか目安が付いたらだが」


 サタナエルが言うように下級悪魔は人の言葉を理解しないとされる。


 彼らの知性はせいぜい犬程度であり、芸を仕込むことはできる程度だが、犬同様に会話をすることはできない。


 そもそも低俗な動物霊が悪意と時間を経て変性したものだ。知性など最初から持ち合わせていないのである。


「ここがまずひとつ目。神術とは異なる回復魔術の研究を行っている。まずは動物で確かめるということをしており、多数の忠実なるモルモットが日々世界の進歩の人柱ならぬネズミ柱になっている」


「ネズミ程度の動物霊では生まれる下級悪魔も大したものではあるまい」


「ネズミが一匹だけならばね。この研究棟の研究室では日に50匹以上のモルモットが死んで、解剖されて、焼却されている。時には犬なども。そして、何より──」


 アレックスが研究棟の裏に回るとそこには花束が供えられた石碑があり、その近くには大きな焼却が存在していた。


「ここは学園でも有名な心霊スポットでね。いろいろな話が出回っている。『焼却炉をのぞき込むと引きずり込まれる』とか『ネズミの鳴く声が夜中に聞こえるとか』ね」


「ありきたりすぎて退屈だな。それにここに動物霊はほとんどいないぞ」


 サタナエルが焼却炉の周囲を見渡したが、そこに下級悪魔に変化する可能性がある動物霊は存在しなかった。


「どうやら外れのようだ。良くも悪くも慰霊碑で弔っているかだろう。ここでは霊的存在はちゃんとした扱いを受けている。悪い影響より強く、正しい影響があった」


「畜生にはこの程度の慰霊碑で十分というわけだ。必ずしも死後に生じた霊的存在に葬式は必要ない。棺を担いだパレードも同様に。ネズミ程度に葬式というものが理解できるはずもないしな」


「立派で面倒なな葬式が必要なのは人間だけというわけだ。死体の処理ができない戦場では下級悪魔が大量発生するが、自然界で死んだ動物などはそうでもない。過去に起きた大量絶滅時代の動植物が化けて出ないのと同じこと」


「じゃあ、次に行くぞ。次はどこだ?」


 アレックスがそう言い、サタナエルが促す。


「まあまあ。せっかくの心霊スポットなのだから楽しんでいこうじゃないか」


「そんな気にはなれん。ここにあるのはペテンだけだ。何を楽しめと?」


「人が死後の世界というものに向けた想像力の神秘や生命の生と死のわびさびなど」


「どうでもいい。次に行け」


 サタナエルはアレックスの言葉に本当にうんざりしたように深々とため息をついてそう言った。


「では、次に行こう。次も実験動物を扱っている研究室だ。こっちでは使い魔(ファミリア)の研究をしている。使い魔(ファミリア)というのは言わば宗教的、倫理的な問題を解消した黒魔術だと私は考えているよ」


「自分より格下の動物を魔術的に使役する。その動物の意志とは無関係に。魔術による他者の隷属というのが黒魔術であるのならば、まあ確かに黒魔術だな」


「動物であるならば問題はない。人間や悪魔でないのならばよい。それは私には少々詭弁のように思えてならない。だが、この世界というのは時としてそういう詭弁を社会の潤滑油として必要とするものだ」


「だが、確かに厳密な意味での黒魔術ではない。使い魔(ファミリア)を使役するのに悪魔の力は必要ない。もっとも悪魔の力を使えばより強力な存在を使役することはできるが」


 黒魔術はサタナエルが言ったように狭義では悪魔の力を使うものである。


 魔術というものは妖精から。神術は神や天使から。それぞれ使用するリソースによって魔術は分類されているのだ。


「再現性のない魔術を無理やりに分類した結果だ。所詮はこれまでの積み重ねという雑なデータの蓄積を強引に解釈した結果に過ぎない。私は魔術において何より意志を尊重する。そこにあるのは悪意なのか、善意なのか、と」


「面白い表現ではある。だが、それこそ貴様の強引な解釈ではないか」


「その通り! だが、人によって異なる結果が生まれるのが魔術ならば独りよがりの解釈こそが全てではないかね? 我々が見ている世界は人によって異なるのだから」


「ふん」


 アレックスが自説を語るのにサタナエルはどうでもよさそうに鼻を鳴らした。


「この研究棟の3階が問題の場所なのだが、カギがかけられているね。困った」


「こうすればいいだろう」


 施錠された扉を前にアレックスが唸るのに無造作にサタナエルが扉を蹴り破った。ガンと激しい金属音を立てて扉が破壊される。


「シンプル・イズ・ベストな解決だね。では、行こう」


 アレックスは平然と壊れた扉を潜って研究棟に入り込んだ。


「この研究棟の使い魔(ファミリア)に関する研究では使い魔(ファミリア)になった動物の生理学的な変化の研究に熱心だ。使い魔(ファミリア)となった動物の体に何が生じるのか。私としても興味深いと思っている」


「どうしてだ?」


使い魔(ファミリア)にするのは魔術で再現性はない。使い魔(ファミリア)にする方法は人それぞれ違っていて、さらには使い魔(ファミリア)との関係も異なる。だが、生理学は純粋な科学だ。これは魔術と科学を交差した分野の研究だからだよ」


「そういうことか。だが、魔術による影響というのはほぼ自然学的だぞ。炎が生じる過程や結果こそ異なれど炎は燃焼を引き起こし、肉を焼け爛れさせる。炭化した肉に魔術の神秘など欠片もない」


「そういう魔術と科学の交差はいずれ両者を強く結びつけるものになるかもしれないだろう。そう思うといつ魔術から神秘性がはぎとられてしまうのかと、私は心配になってしまうのだよ。私は魔術はいつまでも神秘であってほしい」


 アレックスとサタナエルはそう言葉を交わしながら3階へと階段を上った。


……………………

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