当たらずといえども遠からず
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──当たらずといえども遠からず
魔族の団結の必要性を説明したコルネリウス。
「コルネリウス元帥。あなたは正しい。ここで魔族同士で殺し合うのは本当の敵の思うつぼだ。この内戦はそもそも仕組まれたものなのだよ」
「仕組まれたものだと?」
「そう、まさに。トランシルヴァニア候閣下、あなたは情報を手にしているだろう?」
ここでアレックスがそう言い、トランシルヴァニア候に発言を促した。
「こちらの情報源を明らかにするので詳細は説明できませんが、人類国家の情報機関がこの国の内戦に関与している可能性があります。武器の供与や金銭面での支援、情報の提供などが行われている、と」
「ほう。それは面白い話になってきたな。人類国家がそこまで積極的に動くのは予想外だった。で、連中が介入しているのは王党派か? それとも共和派か?」
「共和派。我々が得た情報ではそれだけです」
オフィーリアが尋ねるのにトランシルヴァニア候がそう説明した。
「というわけで、まずは外国の関与を除かなければならないだろう。それから次の段階の話についても既に考えてある!」
「わー!」
アレックスのその宣言にエレオノーラが盛り上がる。
「だが、今日はもう遅い。作戦の説明は明日にしよう。今日はお開きだ」
しかし、アレックスはどうにも勿体ぶった素振りで話を急に畳んだ。
「お前たちの寝床については城の使用人どもが準備するそうだ。行け」
「ああ。また明日会おう!」
オフィーリアがそう言うとアレックスたちは王城の使用人たちに案内されて、城の中の貴賓室に通された。そこは美しくも落ち着いた雰囲気の調度品でまとめられた部屋であり、過ごすものの気分をあらゆる面で癒すものだった。
アレックスたちはここで一夜を明かすことになる。彼らは合宿や修学旅行のように男女に別れて貴賓室の部屋を割り当てられた。
「アレックス君。本当に作戦は存在するのですね?」
そう尋ねるのはジョシュアだ。彼らはどうにも困った表情を浮かべている。
「もちろんだ、ジョシュア先生。しかし、作戦成功には様々な要素が絡む。それぞれが全面的に協力することが必要だ」
「その点は問題ありませんが、どのような作戦なのかの説明は?」
「それは明日だ!」
「はあ」
アレックスが悪戯を隠している子供のように振る舞うのにジョシュアは肩を済めた。
「しかし、アレックス君。あなたはよく私がバロール魔王国の内戦について情報を握っていることを知っていましたね。もしや、以前の『フィッシャーマン』の件から連想してのことですか?」
「いいや。『フィッシャーマン』は国防省のスパイだ。そして、バロール魔王国の内戦に介入しているのは国防省ではない」
「そこまで知っているとは。ときどき君が恐ろしくなりますよ」
トランシルヴァニア候は知らないが、アレックスには一度目の人生がある。そこで彼は多くを知り、多くを理解し、そしてやり直しているのだ。
そのころ女子の方では別の話題に花を咲かせていた。
「魔王が女性の人だったのは少し驚いたね」
「ですね。うちですと女性の皇帝なんていませんし」
彼女たちが話題にしているのは魔王アデルの件だ。
「いろいろと血なまぐさいことがあった結果だと聞いているぞ。奴が王位を得るまでには様々な問題があり、あの女は武力でそれをねじ伏せたそうだ。その結果が今の内戦なのではないかといわれるほどに」
「やっぱり王様ってのは大変な仕事なんですね」
カミラがそう漏らし、アリスは訳知り顔でそう言う。
「けど、どういう経緯であの人が王位に就いたのかは気になる」
「簡単でよければ説明するが」
「お願い、殿下」
エレオノーラがカミラにそう求める。
「まず遡るのは20年前の南部動乱だ。魔族の帝国の穀倉地帯であるサウスフィールド王冠領を奪取することを目指して戦争を始めた」
南部動乱。帝国の穀倉地帯サウスフィールド王冠領を巡って帝国率いる人類国家とバロール魔王国、アルカード吸血鬼君主国が衝突した戦争。
「この戦争の際に先代の魔王が重傷を負い、それで魔王軍は撤退した。その後、魔王はその怪我が原因で死亡。しかし、そのとき誰が王位を継ぐかで争いが生じた。魔王には子供が山ほどいたからだ」
戦争に王が出ることは昔はそう珍しいことではなかった。通信能力の制限と戦場の狭さは王に前線に出ることを促した。地球ではアレクサンダー大王やカエサルの時代からそうだったし、ナポレオンの時代でもそうだった。
「王位を巡る骨肉の争いが繰り広げられた後で、アデルがついに権力の座を手にした。が、それまで出していた被害によってバロール魔王国は内戦に突入することになる」
「何だか、壮絶ですね……」
カミラが話を終え、アリスがそう感想を述べた。
「アレックスは人類国家が内戦の影にいると言っていたけれど、彼らが内戦を引き起こしたというよりも、内戦が激化するように仕向けたという感じなのかな」
「かもしれない。私にはまだその手の情報はない。さっきアレックスが言ったのは完全に初耳だ。トランシルヴァニア候は隠し事が好きでたまらないらしい」
内戦そのものは自然な経緯で起きており、不自然さはない。となれば人類国家の情報機関が介入したのは内戦勃発後のことなのだろうか。
「考えても分からないですよ。明日アレックスから聞けばそれでいいじゃないですか。お風呂に入って、今日は寝てしまいましょう」
「そうだね。それから食事も」
「……人肉とかでないですよね?」
エレオノーラが言うのにアリスがそう心配する。
「心配することはないぞ。人間を食えるようになるまで育てるより、ブタでも育てた方が効率がいい。それは変わらん」
「うへえ。それって試したんですか?」
カミラがからかうようにそう言い、アリスはげっそりしていた。
だが、食事は普通に人間の食べられるものが提供された。戦時下の王城で提供されるものにしては質量ともに実に素晴らしいものであり、アレックスたちは思う存分食事を味わったのであった。
そして、翌日。
「やあやあ。おはよう、皆さん!」
アレックスたちは再びオフィーリアたちがいる司令部に戻ってきた。
「おい。昨日の話の続きだ。共和派の背後にいるのはどこのどいつだ?」
アレックスたちの入室と同時に挨拶もなくオフィーリアがそう尋ねる。
「いいだろう。説明しよう。それは!」
アレックスが高らかと宣言する。
「帝国内務省国家保衛局だ。その対外諜報を担当する第VI部が作戦を進めている」
「ほう」
アレックスの言葉にオフィーリアたちはそこまで驚いていなかった。
「やはり帝国なのか?」
「そうだとも、コルネリウス元帥。帝国は自分たちの平和を望んでいる。そのために他国の人間がいくら犠牲になろうと知ったことではないという具合だよ。国家保衛局はその帝国の施政者たちの求めに応じている」
「意外ではないが、予想はできていなかったな。何せ我々を恨んでいる人類国家は山ほどある。どの国の、どの情報機関が介入していてもおかしくはなかった」
介入されているということは想像できても、それがどこの誰かまでは分からなかった。コルネリウスが言うように彼らの敵は多く、誰がバロール魔王国を内戦に叩き込もうとしてもおかしくないのだ。
「で、犯人も分かったところでどうする?」
「魔族にとっては今も帝国は敵だろう。友好条約を締結したアルカード吸血鬼君主国と違ってあなた方にとっては帝国は今も非友好的な国家であり、仲間たちを大勢殺した憎むべき存在だ。であるならば!」
「共和派が帝国と手を組んでいることを喧伝し、士気を失わせる」
「その通りだ、オフィーリア元帥!」
共和派は敵国と手を結んでいると宣伝すれば、共和派への魔族の支持は失われ、結果として士気は低下するだろう。アレックスの狙いはそれである。
「そのためには証拠が必要だ。それはどうする?」
コルネリウスはそう尋ねた。
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