魔女と竜
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──魔女と竜
アレックスたちは王城の中を案内されてあることに気づいた。
「この城は見た目とは大きさが違うらしい」
そう、明らかに外観より広い光景が広がっているのである。
「これも魔術なのかな? でも、空間を操る魔術はかなり高度なそれだよね」
「ああ。こうやって常時展開しておくのは困難を超えているだろう」
空間操作は魔術の中でも高度かつ難易度が高いものだ。空間転移を可能とするポータルが困難である理由と同じで物理に大きく影響するものを、人の感覚でしか操れず、定量化できない手法で維持するのは難しいのである。
「こちらです。ここが司令部となっております」
「どうも!」
そして、アレックスたちは城に勤める衛兵に案内され、司令部に入る。
「おや。人間が来たようだぞ」
「噂の物好きか」
司令部内で最初に目についたのは巨大なドラゴンだ。白い鱗に赤い目をした巨大なドラゴンがアレックスたちの方を見て口から黒煙を漏らす。
彼、あるいは彼女が前にしてるのは地図が広げられたテーブルであり、そこにはいささか場違いにも見える10代前半の少女がいた。
黒髪を長く伸ばした小柄な彼女はバロール魔王国陸軍の軍服を黒いワンピースの上から羽織っていた。その階級章は元帥となっている。
「やあやあ! 始めまして、皆さん! 私たちが噂の援軍だ!」
アレックスはそう言って笑いながら司令部へと入室。
「物好きなガキ。名前は?」
すると、その少女がアレックスにそう尋ねる。
「アレックス・C・ファウスト。あなたの名前を当てて見せよう。あなたはオフィーリア・ナイト陸軍元帥。通称“剣の魔女”。そうだろう?」
「ほう」
「当たりかな?」
「当たりだ。私はオフィーリア・ナイト。私の名を知っている人間がいるとはな。吸血鬼ならば知っていてもおかしくないだろうし、そいつが古き血統であるならばなおのこと。だろう、トランシルヴァニア候?」
アレックスの問いに頷きながらオフィーリアがトランシルヴァニア候の方を見た。
「久しいですな、オフィーリア。相変わらず戦争を楽しんでいるのですか?」
「それ以外に楽しみはない」
トランシルヴァニア候がそう言い、オフィーリアは肩をすくめた。
「ふむ。彼女は人間の古き血統ではないかい?」
「正解だ、ジョシュア先生。オフィーリア元帥は人間の古き血統だよ。千数百年を生きる人間がまだ人間だというならば、だがね」
ジョシュアが言い当てたようにオフィーリアは人間の古き血統だ。千数百年を生きる人間である。
「もっぱら人間の古き血統というよりも私が呼ばれるのは魔女だ。カーマーゼンの剣魔女、と」
ジョシュアとアレックスにそう言われたオフィーリアはそう不敵に笑った。
「そちらも面白い面子がそろっているな」
「何かの落し子。地獄の皇帝サタンのアバター。地獄の公爵のアバター。大悪魔マモンの眷属。吸血鬼の王女と古き血統。そして、堕天使か」
白い鱗のドラゴンがアレックス、サタナエル、メフィストフェレス、エレオノーラ、カミラ、トランシルヴァニア候、そしてジョシュアのことを語る。
「ひとり、妙に普通な奴が混じってるな」
「あれは何だろうか……」
オフィーリアとドラゴンの視線はアリスに向けられていた。
「私はただの場違いな一般人ですのでお構いなく……」
「はっはっはっはっ! 彼女は我々が誇る凄腕の情報要員だ! その正体は謎に包まれている!」
「ちょっ! 適当なことを言うな!」
アレックスがそんなオフィーリアたちに告げるのにアリスが慌てる。
「愉快な連中であることは間違いなさそうだな」
「そのようだ」
オフィーリアは嘲るように笑い、白いドラゴンも黒煙を吐いた。
「それで、何の用事でここに来た?」
「無論、そちらの戦争を支援するためにだ。戦況を教えてほしい」
オフィーリアが尋ねるのにアレックスがそう言う。
「いいだろう。説明してやる。来い」
地図を広げた机にアレックスたちは案内された。
「ここが王都モレクであり我々の支配領域はこの青の線の範囲。目下、戦闘中の共和派とはこの穀倉地帯を巡って争っている」
「彼我の戦力差は?」
「こちらにはアデルの近衛が1個師団。陸軍の忠誠を誓った部隊が5、6個師団。空軍はほぼ全軍が味方しているが、士気は高くない」
「空軍はアデル陛下に忠誠を誓っていると? なぜ?」
アレックスが疑問に思ったことを尋ねた。
「そこにいるドラゴンのおかげだ。なあ、コルネリウス?」
「ああ。私もそれなりに尽力したつもりだ」
白い鱗のドラゴンはコルネリウスと紹介された。
「コルネリウスはバロール魔王国三元帥のひとりであり、空軍元帥だ。奴には人望ならぬ竜望がある。コルネリウスがひとたびついてこいと言えば、部下たちは地獄の果てまでついていくだろう」
「言いすぎだ、オフィーリア。私はそこまでの竜ではない」
コルネリウスは目を細め、オフィーリアにそう注意する。
「三元帥というのはオフィーリア──ナイト元帥、そしてコルネリウス元帥、それからアルフォンス・サラン元帥。これで間違いないかね?」
「そうだ。詳しいな、アレックスとやら。勉強してきたのか?」
「そんなところだ。ところでアルフォンス元帥は?」
三元帥はバロール魔王国でもっともカリスマがあり、有能な元帥たちのことであり、オフィーリアとコルネリウスの他にアルフォンス・サランなる人物が該当する。
「アルフォンスの奴は日和見を決め込んでいる。どちらにもつかず、兵士たちを中立に留めていてな。まあ、そういう奴がいるからこそ、我々は人類国家を気にせず内戦に明け暮れられるのだが」
「なるほど。内戦に参加していない無傷の部隊を擁していると」
アルフォンスは内戦に参加せず、陸海空軍部隊の温存を図っていた。
「しかし、空軍が全軍というならば優勢になるのではないのかね? 航空優勢の有無は戦況を大きく左右すると思うのだが」
「言っただろう。士気が低い、と。どいつもこいつもやる気がない」
「コルネリウス元帥がいるのに?」
「そのコルネリウスにやる気がない」
アレックスが疑問に思うのにオフィーリアがコルネリウスを見上げる。
「私は正統な魔王に忠誠を誓うが、魔族同士で殺し合うことに肯定的ではないだけだ」
コルネリウスはオフィーリアの指摘にそう返した。
「我々が肯定しなくとも、周りの連中はやる気満々なのにな。まだこれが人類国家による陰謀だという話を信じているのか?」
「可能性は否定できないだろう。この内戦でもっとも利益を得るものは?」
「まあ、それは人間だな」
内戦でバロール魔王国は疲弊し、アルカード吸血鬼君主国は身動きが取れない。このことで一番の恩恵を得たのは人類国家である。
「私は無駄に魔族同士で殺し合うことで、バロール魔王国という国家が今後存続できなくなることを恐れている。バロール魔王国は絶対に存続すべきなのだ。魔族による統一国家というものがなければ我々は人類に太刀打ちできない」
コルネリウスの主張はそういうものだった。
「魔族って人間より遥かに強いんですから、別に統一国家がなくともいいのでは? いや、当事者からすればあるにこしたことはないでしょうけど……」
「魔族と人類では能力に差があるのだ。簡単に説明しよう」
アリスが首を傾げるのにコルネリウスが語る。
「人類の能力の振れ幅はそう広くはない。人間と言われてそれが空を飛んでいたり、炎を吐いていたり、10メートルを超える巨体であったりはまず想像しないだろう」
人間と言われて人々が想像するものの幅は狭いと言えば狭い。人種的な差異や個人の能力差はあるとは言えど、彼らは大体同じような生き物だ。
「しかし、魔族というものは単純に魔族という単語で言い表すには複雑だ。正直どうして我々全てが魔族というひとつの単語でくくられているか理解できないほどには」
「人類史観の影響だね。人類にとっての敵。人類にとっての邪悪。人類はそれらをひとつにまとめて魔族と称した。極めて人類の視点からの呼び名だ」
「そう、そして、多くの魔族が文字を得るのが遅かったために、魔族という単語は人類から輸入され、定着したわけだ。本来ならば別々に言いかえるべきものが、様々な要因でそうならなかった」
しかしながらとコルネリウスが続ける。
「魔族というものが人類にとっての敵であり、魔族にとってもまた人類というものは脅威である点において魔族という呼称は便利だ。我々がもし統一された呼び名を持たず、バラバラに戦っていれば今頃人類は魔族を全滅させていた」
魔族というものの中身はゴブリンからドラゴンまで様々だが、ひとつ共通する点がある。それは彼らが人類の敵であり、人類は彼らの敵であるということ。
「我々魔族は能力の差が大きく、個別に戦っていれば各個撃破されてしまう。それを防ぐにはやはり統一国家が必要なのだよ」
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