紛争地帯の国境
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──紛争地帯の国境
バロール魔王国大使メーストル男爵から連絡があり、バロール魔王国への入国準備が整った。アレックスたちはまずはバロール魔王国入国の道案内をしてくれる人物と合流するための指定された場所に向かう。
「ああ。あんたが内戦真っ盛りの国に行きたいって物好きか?」
合流地点で待っていたのは長身のリザードマンでバロール魔王国陸軍のカーキ色の野戦服姿だ。それから略帽を被り、腰には剣を下げている。
「いかにも! 噂の物好きとは我々のことだ」
「あなただけですよ。進んで行きたがった物好きは」
アレックスが大きく頷くのにアリスがそう突っ込んだ。
「リザードマン、ですよね? 初めてみました」
「俺は人間は腐るほど見たけどな、お嬢ちゃん。その様子だと魔族にはほとんどあったことがないってところか?」
「ええ。アルカード吸血鬼君主国とは国交が正常化しても、バロール魔王国とは私が生まれてからもまだ国交は正常化していませんし」
「そして、幸か不幸か魔族と人類の戦争もここ20年起きてない」
エレオノーラが言うのにリザードマンがそう返す。
「自己紹介がまだだったな。俺はジャン・ディアール大尉。バロール魔王国の軍人だ。正統政府に忠誠を誓っている方の軍隊の、だ」
「正統政府が今いくつあるのか私は知らんぞ」
「大きくふたつ、小さくいっぱい。そんなところですよ、カミラ殿下」
どの勢力も正統性を主張し、自分たちこそが唯一の政府だと争っている。それがバロール魔王国での内戦だ。
「少なくともメーストル男爵の所属する側だろう。それであれば問題ない」
「オーケー。じゃあ、出発するか?」
アレックスが言い、ディアール大尉が馬車を指さす。
「準備は万端だな、諸君! 出発するぞ!」
「おー!」
そしてアレックスたちは馬車に乗り込んでバロール魔王国へ出発。
「アルカード吸血鬼君主国からバロール魔王国までの国境線はいくつかの勢力が制圧している。俺の所属する正統政府が制圧している場所を通らないと、最悪皆殺しにされても文句は言えない」
「うへえ」
ディアール大尉が言い、アリスがうんざりした表情。
「その最悪の場合には私がどうにかするさ。サタナエルも暇をしているしね」
「戦争ということで少しは満足させてくれるといいのだがな。最近は殺した、死んだが少なすぎる。つまらん」
アレックスがサタナエルに僅かに視線を向けてからそう言い、そのサタナエルがそう吐き捨てた。
「私も最悪の場合は戦うよ」
「ああ。頼りにしている、エレオノーラ」
アレックス、サタナエルにエレオノーラが加わればもはや敵はないだろう。
「おいおい。今から俺がしくじるのを期待しているのか? これまで何度もバロール魔王国とアルカード吸血鬼君主国の間を往復しているが、ミスったのは1回だけだ。安心しておけよ」
ディアール大尉はそう苦笑し、軍馬をに跨って馬車を先導する。。
アルカード吸血鬼君主国とバロール魔王国の間の国境には検問は少ない。アルカード吸血鬼君主国の国境警備隊が少数配置されているだけで、バロール魔王国側はほぼ国境を警備していなかった。
「大尉! 国境には何もないようだが?」
「この場所では国境より内側に防衛線を引いている。どこもここも兵力不足で国境全てに兵力を張り付ける余裕がないんだよ」
「なるほど」
もはや国家として機能していないバロール魔王国は各内戦勢力が自分たちの支配地域のみを守るように兵力を展開しているのだとディアール大尉。
「このまま王都であるモレクに向かう。王都モレクを支配している軍閥については知っているんだよな?」
「ある程度は。情勢がそこまで変化していないならば、正統な魔王が支配しているはずだが。どうなのかね?」
「正統な魔王ってのが今どれだけいるかって話になるがね」
アレックスの言葉にディアール大尉は首をすくめた。
そのままアレックスたちは国境地帯を進む。すると前方に煙が見えてきた。
「不味い。血の臭いと肉の焼ける臭いだ。どこかの武装勢力だな」
「どうする、大尉? 突破するのかい?」
「そうしたいところだが、手を貸してもらえるか?」
「喜んで。出番だ、サタナエル!」
アレックス、サタナエル、エレオノーラが馬車から飛び降り、前方に進む。
「おっと! 追加の肉が来たぜ? それも人間だ!」
煙の上がっていた場所では馬車が襲われており、馬車の主であっただろう魔族たちが斬り殺されて打ち捨てられていた。積み荷は金目のものが奪われているようであり、残りは燃えている。
「やあやあ。我々はこの内戦を終わらせに来たものだ。通してはくれないかね?」
アレックスは魔族たちにそう言って笑う。
「はっ。何言ってるんだ、こいつ? 頭パーか?」
「そんなに簡単に戦争が終わったら誰も苦労しねえんだよ、ボケ!」
「さっさと解体して昼飯にしてやろうぜ」
魔族たちはアレックスの言葉を無視し、アレックスたちに向かってくる。
「連中、元正規軍の兵士だ。物質魔剣で武装している。あの魔剣はアロンダイトだろう。魔術防御を自動展開する代物だ。気を付けろ」
ここでディアール大尉も剣を抜いてそう警告。
「オーケー。やりますか。バビロンっ!」
アレックスは初手でバビロンを展開し、魔族たちの前にバビロンが現れた。怒れるドラゴンは憤怒の感情を燃やしながら魔族たちに向けて進む。
「こいつ……! 爵位持ちの悪魔を使い魔にしているだと!?」
「畜生。だが、舐めるなよ。召喚主が死ねばそれで終わりだ!」
うろたえる魔族たちとアレックスを狙う魔族たち。
アロンダイトを構えた魔族たちが身体能力強化でアレックスに向けて突き進んでくる。
「やらせない」
「雑兵どもが。悲鳴を上げてのたうち回れ」
しかし、いつものようにアレックスの傍にはエレオノーラとサタナエルがいる。ダインスレイフと『七つの王冠』を装備し、近接戦闘ならば最強のふたりを前に魔族たちが食い止められた。
「おい、あんた。ひとりは生かしておいてくれ。尋問すればこの付近で他にも何か物騒なものがうろうろしていないか分かる」
「了解だ。ディアール大尉! バビロン、ひとりは残せ。他は殺せ」
ディアール大尉からのオーダーにアレックスが頷き、バビロンに命じる。
「こいつは一体何なんだ!?」
「に、逃げろ! 逃げろ!」
いくらアロンダイトを突き立て、魔術を叩き込もうとも復活するバビロン。それを前に恐慌状態に陥った魔族たちが逃走を始めた。
バビロンはそれを逃がさず、火炎放射で薙ぎ払う。そして、焼け残ったものの中から生きている1名の魔族を確保したのだった。
「オーダー通り、1名確保だ、ディアール大尉」
「尋問は任せておいてくれ。すぐに終わる」
ディアール大尉はアレックスから捕虜を受け取るとナイフと使って15分あまり尋問し、情報を引き出した。この周辺に仲間がいるのかや、どの勢力に所属しているかを聞き出したのだった。
その後は剣で首を刎ねて終わらせる。
「この付近に他にこの手の連中がいるわけではないようだ」
「こいつらは何だったんだい、大尉?」
「脱走兵だ。食うに困って山賊になったらしい」
「おやおや。戦争というのは人心を疲弊させるのだね」
戦争に誰もがいつまでも耐えられるわけでもなく、魔族であっても戦争に嫌気がさして逃げ出すことはあるのだ。
「先を急ごう。この手の連中にこれ以上出くわしてたら、それこそ他の勢力と交戦する羽目になる。さあ、出発だ」
ディアール大尉はアレックスたちにそう言って再び前進を開始した。
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