バロール魔王国大使
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──バロール魔王国大使
アルカード吸血鬼君主国のバートリ・エルジェーベト魔術学院に留学したアレックスたち。最初数日間は同学院にて留学生として吸血鬼や人狼と交流し、留学したというアリバイ作りに精を出した。
「学院生活はどう、アレックス?」
「悪くないね。この学院もなかなか興味深い」
その過程でアレックスたちはメイベルたちと交友を深めていた。
バートリ・エルジェーベト魔術学院は6年制の教育機関で、何歳からのでも入学することができる。しかし、基本的に入学するのは16歳から20歳の間だ。
メイベルは16歳で入学しており、既に5年生と21歳。アレックスたちより年上である。もっとも吸血鬼にとって21歳というのはまだまだ人生が始まったばかりの赤ん坊という具合であるが。
長命種というものは人間と比較すると変わった成長をする。
寿命が長いからと言って人間の大人相当になる年齢が高いわけではない。人間の年齢と同じように成長するため、この学院でも16歳から学問や魔術を学べる。
しかし、社会的な地位を得られるのは人間の大人よりずっと先だ。そのため社会的地位とそれに伴う責任による成長は遅れがちである。
「おい、アレックス。バロール魔王国の大使に会う準備ができたぞ」
「おお。それは何よりだ、カミラ殿下」
ここでカミラがやってきてそう告げる。
「バロール魔王国の大使に会うの?」
「その通り。少しばかり人類の生存圏を出ようというわけさ」
「?」
アレックスの言葉にメイベルは疑問符を浮かべていた。
それからアレックスたちはカミラが約束を取り付けてくれたバロール魔王国大使との会談に臨んだ。
場所はバロール魔王国大使館。
「あなた方は我々に会いたいといっていた人間たちかね?」
バロール魔王国大使は2メートルは優に超えるオーガであったが、体に合ったサイズのブラウンのスーツを纏い、目には老眼鏡をかけていた。それはとても知的な印象な受ける装いである。
「いかにも。初めまして、大使閣下」
「イザーク・ド・メーストル男爵だ。君は?」
「アレックス・C・ファウスト」
「ふむ」
あまり耳にしない名前に大使のメーストル男爵は首を傾げていた。
「君のことはカミラ殿下からあってほしいとだけ言われている。しかし、帝国の人間が我々バロール魔王国に何の用事だろうか? 停戦条約は結ばれているが、帝国と我が国は以前いつ戦争になってもおかしくはないのだが」
「そのようですね。だから帝国には大使館を置いていない」
「外務省職員の安全が確保できないのでは大使館は置けない」
アレックスの言葉にメーストル男爵はそう返す。
「さて、要件ですがシンプルです。我々はあなた方の内戦を終わらせる手伝いがしたいのですよ。そちらの内戦が終わらなければ我々としては困る」
「分からないな。我々の内戦は人類国家にとって望ましいこと。それどころか人類国家は内戦を長引かせるための工作すらしていると聞いているが」
「それは帝国政府の意向だ。我々は帝国政府の意向など気にしない。我々は黒魔術師の秘密結社である『アカデミー』としてあなた方の内戦を終わらせ、帝国に打撃を与えてもらいたいのだ」
「ほう?」
アレックスはそう言い、メーストル男爵は目を細めて見せた。
「帝国、いや人類国家はどこも黒魔術を規制してる。見つかれば火あぶりだ。我々はそのような状況は打破されるべきであると思っている。そのためには人類国家を今の状態からひっくり返す必要がある」
「我々に革命の手伝いをしろと?」
「間接的にはそうなる。帝国の現在の体制が崩壊するのは安全保障の面からしてそちらにとって望ましいことだろう、メーストル男爵閣下?」
「否定はしない」
「であるならば、我々の申し出を受け入れてほしい。我々がバロール魔王国の内戦を終わらせて見せようではないか!」
メーストル男爵はアレックスの話を聞きながら、こいつは恐ろしい策略家か、そうでなければ途方もない馬鹿だなと思っていた。
自国の体制をひっくり返すのに他国の手を借りる。それは間違いなく、その手を借りた国にそれからずっと干渉を受けることになる。そんなことを許容してまで黒魔術を認めさせたいのか?
「あなたが本心からそう言っていると証明する方法は?」
メーストル男爵はそう揺さぶりをかけてみることにした。
「それについては私が保証しよう」
「トランシルヴァニア候閣下。あなたもかかわっているのですか?」
声を上げたのはトランシルヴァニア候だった。
「その通り。彼ら『アカデミー』は我々と協力関係にある。そのことはそちらに約束しよう。彼らの背景に帝国の情報機関が存在することはないと」
「なるほど。アルカード吸血鬼君主国の重鎮である古き血統のあなたがそう仰るのであれば信頼しましょう。しかし、あなたは見返りに何を求められるのですか?」
「我々の安全保障はそちらの情勢と連携している。そちらの内戦が早急に集結し、我々の同盟者として復帰してくれることは、それだけで利益だ」
アルカード吸血鬼君主国は同盟国の混乱のせいで外交政策を転換する羽目になった。これからもそのようなことが続くのは望んでいない。
「分かりました。しかし、我々としては一方的な借りを作りたくはないのです。こちらとしても提示できるものを考えましょう。そうですね。例えば我が国の反乱勢力に亡命してきたエドワードの身柄ではどうです?」
メーストル男爵が提示したのはカミラ暗殺などを企てた鉄血旅団の指導者であり、アルカード吸血鬼君主国第一王子であったエドワードの身柄だ。
「あなた方はそれを引き渡せる状況にあると?」
「今すぐには無理ですが、内戦が終結した暁には」
「なるほど。出世払いと」
エドワードの亡命した内戦勢力をそう簡単に潰せれば、そもそもバロール魔王国の内戦はここまで長期化していない。
「どうなさいますかな、殿下? あなたのお命を狙った男の身柄が手に入りますが」
「私の意志などどうでもいいのだろう。好きにしろ」
「畏まりました」
トランシルヴァニア候はカミラにそう言われてメーストル男爵の方を向く。
「その条件で受けよう。我々はあなた方の内戦を終結させる手伝いをし、あなた方は逃亡した逆賊であるエドワードの身柄を引き渡す。貸し借りはなし」
「実にいい条件です。では、まずは何が必要ですかな?」
メーストル男爵はそう尋ねた。
「もちろんバロール魔王国に渡航することだよ、男爵閣下。バロール魔王国に向かわなければ話にならない。が、人間である我々がバロール魔王国に入国するのは酷く大変だ。それを都合してもらいたい」
帝国から入国するより簡単だといえど、アルカード吸血鬼君主国からの入国でも内戦状態にあるバロール魔王国に入国するのは難しい。
内戦は複数の勢力が自分たちこそが正統政府と主張して争っている。国境警備においても同様の混乱があるものと思われる。よって政府の許可だけでなく、現地に詳しい人間の案内も必要になるだろう。
「ふむ。分かりました。手配しましょう。準備ができ次第、連絡を差し上げるが、どこに連絡すればよろしいですかな?」
「バートリ・エルジェーベト魔術学院の学生寮まで。そこに我々は現在拠点を置いている。そこが不安ならばアルカード吸血鬼君主国政府宛てにお願いしよう」
「承知しました。では、後ほど連絡を」
メーストル男爵がそう言ってバロール魔王国大使とアレックスたちの会談は終わった。アレックスたちはバートリ・エルジェーベト魔術学院へと帰路につき、メーストル男爵からの連絡を待つ。
そして、数日後。
「連絡が来た。いよいよバロール魔王国に向かうぞ、諸君!」
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