吸血鬼の王国
……………………
──吸血鬼の王国
ホワイトベイのレストランで自慢の海鮮パスタをアレックスたちは味わった。旬の海の幸がふんだんに使われたパスタに全員が満足。
それから再び大陸に戻り、アレックスたちはアルカード吸血鬼君主国を目指した。
「もうすぐ国境だ」
アレックスがそう言い、馬車から前方を眺める。
国境付近はには警察軍の国境警備隊が展開しており、重武装の彼らが見張る中をアレックスたちはアルカード吸血鬼君主国に向けて進む。
「止まれ!」
そして国境では検問が設置され、警察軍の将兵が警備に当たっていた。
「ここから先はアルカード吸血鬼君主国だ。通行には外務省の許可が必要になる」
「もちろん許可はあるとも。これを見てくれ」
警察軍の将校が馬車を止めて告げるのに、アレックスがジョシュアから書類を受け取り、それを提示した。
「ふん? 目的は?」
「留学だ」
「留学だと? にわかには信じられないな」
そう言いながら警察軍の将校は帝国外務省が発行した書類を一通り眺める。
「書類に不備はないようだが、注意しろ。ここから先は吸血鬼と人狼どものねぐらだ。お前たちを保護してくれるものは存在しない。ついこの前も学術調査とやらで渡航した人間が殺されている」
「問題ないとも」
「そうか。命知らずだな。通してやれ! 外務省の許可を確認した!」
そして検問のゲートが開かれ、馬車が検問を通過する。
「いよいよ吸血鬼の王国だ。胸が躍るね」
「大して面白いものはないがな」
アレックスが言うのにカミラがそう言って肩をすくめる。
馬車は国境の検問をアルカード吸血鬼君主国側に向かった。
「止まりなさい」
今度はアルカード吸血鬼君主国側の吸血鬼の国境警備隊員に呼び止められる。
「私だ、大尉」
「これは殿下! 申し訳ありません。お通りください」
「ご苦労」
こちら側では書類の審査も何も必要なかった。カミラが顔を出せばそれで終わった。
「流石は王族。顔パスだ」
「これぐらいの特権がなければ王族などやってられん」
そのようなことを言いながらアレックスたちはようやくアルカード吸血鬼君主国に正式に入国したのだった。
「これから向かう先は王都キングスフォートのバートリ・エルジェーベト魔術学院だ。我々はここに留学するということになる。一応はね」
「吸血鬼の学校ですよね? 正直、あまり長居はしたくないのですが……」
「実際、長居はできない。アリバイを作ったらすぐにバロール魔王国に向かう」
アリスが心配したような表情を浮かべるのにアレックスはそう言った。
彼らがアルカード吸血鬼君主国に向かうのはあくまで直接帝国からバロール魔王国に向かうのが困難だからであり、ただのアリバイ作りのために他ならない。
「私は吸血鬼の学校には興味あるんだけどなあ」
「バートリ・エルジェーベト魔術学院はミネルヴァ魔術学園と比べれば、大したことはない。田舎の学校だ。吸血鬼の魔術師たちは学院で学ばせるより元宮廷魔術師などの家庭教師を頼る」
「そうなんだ。けど、学校時代はあるんだよね」
「あるぞ。そこそこの費用でそこそこの学び。学校という文化そのものが人類国家からの模倣だから、そこに通う連中も少し人間かぶれしている」
吸血鬼たちには元から学校という文化があったわけではなく、人類国家のそれを見て効果的だと思ったものたちが自国に導入したという経緯がある。
「学校という文化がないというのは興味深いですね。人類国家のそれは古代の師弟関係にあった哲学者たちが集まったものから続いていますが、吸血鬼にはそれはなかったということでしょうか?」
「師弟関係は存在しました。しかし、師弟関係が拡大することはなかったのです。今も古代のように弟子を取って育てることはしても、弟子以外のものたちに物事を教えることもなければ、組織的な教育にも懐疑的なのですよ」
「なるほど。それはそれで独自の学術体系が存在しそうですね」
トランシルヴァニア候がアルカード吸血鬼君主国について説明するのに、ジョシュアは興味深そうにメモを取っていた。
「吸血鬼という種族には協調性が欠けているというもの原因だろうがな。我々吸血鬼というのはどこまでも身勝手だ」
カミラがそう言い、馬車は首都キングスフォートに到着。
「ここがアルカード吸血鬼君主国の王都……」
建物の色彩まで明るい雰囲気であったホワイトベイとは真逆に、キングスフォートの建物はどれも地味な色で、色あせて見えた。
しかし、人通りの多さは帝都のそれに匹敵し、吸血鬼はもちろん人狼なども街に繰り出していた。彼らの恰好もまた黒が多めの、まるで喪服のような恰好をしたものたちがほとんどで、やはり色あせている。
「がっかりしたか?」
「そんなことは。しかし、独特な感じですね」
「まあ、昔から我々はこういう生き物だ。長命種というのは感性が錆びついている。長く生きているとどんどん鮮やかさが失われるんだ」
人は年に応じてファッションセンスが変化していく。時代に応じてもそれは変わる。だが、吸血鬼のような長命種となるとその変化がなかなかスムーズに進まない。よって彼らは無難で地味な服装に落ち着くのだ。
「さて、まずは私に家族に挨拶してもらおう」
「おっと。それは王族、というよりも国王陛下たちに挨拶を?」
「その通りだ。親善のために訪れたのだから、アリバイが必要だろう」
「まさに。歓迎してくれるのならば行こう」
そしてアレックスたちはキングスフォートの中心にある王城を目指した。
アルカード吸血鬼君主国の王城は城と言われて連想する天に伸びた高層建築ではなく、地球におけるベルサイユ宮殿のような構造をしていた。
前庭には華やかな花々が咲き誇り、そのエントランスは立派な作りである。
「カミラ殿下。国王陛下がお待ちです」
「ああ」
城の衛兵に通行を許可されるとすぐさま侍従が出迎えた。
侍従に案内されてアレックスたちは王座の間を向かう。
「こちらです。失礼のないように」
侍従からそう言われ、アレックスたちは王座の間に入った。
しかし、王座の間には国王はおらず、空席を近衛兵たちが守っている。
「国王陛下、ご入来!」
どういうことだろうかと思うと近衛兵が声を上げ、王座の後ろの扉が開かれた。そこから質素な黒いスーツ姿の男性が姿を見せる。
「やあ、カミラのお友達諸君。よく来てくれた。それからトランシルヴァニア候も」
男性は40代後半ほどの見た目で、カミラと同じ銀髪をオールバックにしており、髭も綺麗に剃って清潔感がある。そして、その瞳は赤色だ。
「陛下。私の友を紹介しても?」
「いいや。安心していい。お前の交友関係について長話をするつもりはない。ただ、真意を聞いておきたいだけだ」
カミラが申し出るのに男性──国王が首を横に振る。
「これからバロール魔王国に向かうそうだが、そこで何をするつもりだろうか? バロール魔王国は我々の歴史ある同盟国だ。妙なことをされては困る」
国王はそう言うとアレックスの方を向いた。
「君がこの団体の首魁だと聞いている。君に教えてもらおう」
「ええ。喜んで説明させていただきましょう」
国王の言葉にアレックスがにやりと笑う。
「我々の目的はバロール魔王国での戦争を終わらせること。バロール魔王国での内戦を終結させ、再び強大な国家へと戻す。それこそが我々の目的です」
「それは人類国家にとって利益にならない」
「我々の利益は人類国家と必ずしも共通していない。我々の利益は黒魔術が自由に使え、研究できる世界。今の人類国家はそれを拒んでいる」
「だから、破壊すると?」
「その通り」
怪訝そうな国王の問いにアレックスは自信に満ちた様子で告げる。
「なるほど。そうであれば心配することはなさそうだ」
それで用事は終わりだというように国王は頷き、立ち去った。
……………………