グレート・アイランズ王国
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──グレート・アイランズ王国
アレックスたちはチャネル領と本島を結ぶ定期連絡船でグレート・アイランズ王国本島へと向かった。
定期連絡船はそこまで豪華なものでもないが、特筆すべき点はある。
まず動力に物質魔剣と同じ、かつての偉大な魔術師が作った物質が使用されているということ。それを再現することも、仕組みを理解することも今では叶わない。
だが、その物質は定期連絡船を蒸気船並みの速度に引き上げており、鋼鉄製の船が航跡を描きながら海上を進んで行く。
「私が乗った船はああいうのだったよ」
エレオノーラは甲板に出てアレックスたちに別の船を指さした。
エレオノーラが指さした船はシーサーペントという海獣によって曳航されるものだ。シーサーペントはバロール魔王国及び帝国で家畜化されており、大型船は大抵このシーサーペントによって曳航される。
「帝国は魔物の家畜化にも熱心ですからね。グリフォンの家畜化にも力入れていました。シーサーペントも海上交通の促進から勧められたものです」
「ふむふむ。いろいろな船があるのだね。私が乗る船はこれが初めてだが」
ジョシュアが説明し、アレックスが頷く。
「アルカード吸血鬼君主国はどうなんです、カミラ殿下?」
「我々は海を渡ることは一生の中でほぼ一度もないというのが当たり前だ。よって海軍は存在しないし、海上を渡る手段もない」
「そうなんですね」
「吸血鬼は本能的に海を恐れているからな」
カミラがアリスに語ったように吸血鬼は本能的に海を恐れている。グレート・アイランズ王国がアルカード吸血鬼君主国に隣接していながらも、本島への侵略を受けなかったのにはそう言う理由があるのだろう。
「その恐怖心も古き血統ともなれば克服したようだが」
「いえいえ。我々古き血統は感性が鈍っているだけですよ」
カミラが言うのにトランシルヴァニア候は苦笑してそう返す。
「アリス。君の実家はどの辺りだったかね?」
「ホワイトベイの市内です。ホワイトベイはいい場所ですよ。ほどよく都会で、ほどよく田舎ですから。漁港もある港町ですので海産物は安いですから、食事も美味しいです。海産物のパスタはとても美味しいんですよ」
「君は海産物が好きだったのか?」
「魚もイカもタコも好きですよ。もちろん貝も大好きです」
「ほうほう。では、ホワイトベイに着いたらいい店を紹介してもらおう!」
元日本人としてアレックスも海産物は嫌いではない。
それからアレックス一行は本島のエコーハーバーに上陸し、そこでまた馬車に乗り換えてホワイトベイを目指す。
ホワイトベイはグレート・アイランズ王国が北西部に有する港湾都市だ。アルカード吸血鬼君主国と東で国境を接するグレート・アイランズ王国にとっては西は安全地帯であり、軍港などは存在しない。
ただ交易のための港と漁港が存在するのみ。
「わあ。綺麗な街並みだね、アリスさん」
そんなホワイトベイの街に入るとエレオノーラが歓声を上げた。
ホワイトベイの街並みはレンガ造りで、明るい色の屋根を備えた建物が並んでいる。統一された建築様式の建物が並ぶ街並みというのは、それだけでまるで美術館に展示されている絵画のようであった。
「まあ、街並みもそこそこ綺麗ですよ。ただ帝都と違って夜はさっさとどこも閉店しますし、店の数だって全然少ないですけどね」
「君に育った街というだけで素晴らしいよ、アリス。そしてまさに君のようにこの街は美しく、落ち着いていて、ずっと傍にいたいと思わされる」
「ふへへ。ありがとうございます、メフィスト先生」
そんなやり取りをしながらアレックスたちはアリスの実家へ向かう。
「ここです」
「ハント・トイズ株式会社、と」
アリスの実家である建物は会社の建物も兼ねており、ちょっとした貴族の屋敷ほどの大きさのもの。通りに面している場所にはショーケースも設置されており、色とりどりで、様々な玩具が展示されている。
「本当に玩具屋だったのだな」
「他に何だと思ってたんです?」
「やけに盗聴・盗撮の技術があったから、その手の人間だと」
「うへえ」
カミラが抱いていた変な誤解も解けつつ、アリスを先頭にアレックスたちがアリスの実家へと入る。
「ただいまです」
「これはお嬢様。お帰りなさいませ」
従業員らしき洒落たエプロン姿の男性がアリスに頭を下げた。
「店舗を兼ねているのだね」
「ええ。そんなに大きな会社ではないですから。帝国内に5、6店舗あるくらいで」
「それは結構な大きさではないか。君も金持ちというわけだ!」
「うるせーです」
アレックスとアリスがそんなやり取りをしながら店舗兼自宅の中を見渡す。
ぬいぐるみから模型、ボードゲームまで様々なゲームが店内には陳列されている。そこらのジャンク品と違って立派な作りの玩具ばかりで、アレックスたちも思わず見入ってしまった。
「じゃあ、私は両親に会ってきますので、玩具でも見ててください」
「おやおや。何を言っているのだい、アリス。当然私たちも付いていくに決まっているだろう。友人として紹介したまえ!」
「ええー……」
アレックスが言うのにアリスが露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
「アリスさん。よければご両親に挨拶をさせて。アリスさんにはお世話になっているから、そのことを伝えておきたいんだ」
「そこまで言われたら仕方ないです。こっちですよ」
エレオノーラが丁重にそう申し出て、アリスが渋々というように案内する。
「お父さん、お母さん。帰ったですよ」
アリスが居住区に相当するだろう場所に来て呼び掛けるのに足音が響いた。
「お帰り、アリス! やっと帰ってきたね!」
「おお! アリス! お帰りだ!」
アリスをそう出迎えたのは人のよさそうな顔立ちをした中年の男女だ。どちらも先ほどの店員と同じエプロンを身に着けている。
「ただいまです。特に何事もなかったですよね?」
「ええ。けど、いろいろと話したいことはあるから。学園の様子をもっと聞きたいし、魔術についても教えてもらいたい。それから……」
女性の方の視線がアレックスたちに向けられた。
「そちらの方々は?」
女性がそう尋ねる。
「友達ですよ。一応。皆さん、こっちは私の両親です。父のセオドアと母のマティルダ。このハント・トイズの社長と専務です」
アリスはアレックスたちに両親を紹介した。
「やあやあ、アリスのご両親。私はアレックス・C・ファウストだ」
「私はエレオノーラ。エレオノーラ・ツー・ヴィトゲンシュタインです」
アレックスたちも自己紹介を。
「おお。あなた方がアリスのご友人なのですね。娘がお世話になっております。しかし、ヴィトゲンシュタインとは侯爵家の……?」
「はい。アリスさんにはこちらこそお世話になっています」
「いやいや。これは光栄です」
アリスの家は裕福であっても平民であり、侯爵家など天の上の人々だ。
「しかし、アリスが友達を連れてきてくれるとは。昔からひとりで遊んでばかりいたから心配していたのだよ。それがこんなにたくさんの友達を連れて帰ってくるだなんて。お父さんは嬉しいよ」
「一応、一応ですからね。本当の友人かと言われれば、はてなです」
「そんなことを言ってはここまで来てくれた友達に失礼だよ」
アリスが肩をすくめるのに父のセオドアが注意する。
「これから用事はあるの、アリス?」
「海鮮パスタの美味しい店を教える予定です。とりあえず荷物を置かせてください」
「分かった。今日は泊っていく?」
「いや。いろいろとあるので、夜にはまた大陸に戻るです」
「そう……。いつでも帰ってきてね」
少し寂しそうにアリスの両親はアリスを見送り、アリスたちはホワイトベイの街に繰り出した。
「もう少し家族と一緒にいなくてよかったのかい、ハニー?」
「いいんですよ。お互いに元気だって分かっていれば。今は正直家族を巻き込みたくない状況ですしね」
メフィストフェレスが尋ねるのにアリスはそう返したのだった。
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