呪われた人形
本日7回目の更新です。
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──呪われた人形
事件が確認されたのは翌日の早朝のことだ。
「学生寮が何か騒がしいぞ」
早朝に何名もの教師や警備員が学生寮に出入りし、場が騒然としていた。
「まだ息がある! 急いで病院へ!」
その騒ぎが起きる学生寮から血を流した生徒たちが運び出されて馬車に乗せられる。頭などから血を流した生徒たちで気を失っていた。
「おい。見ろ。あれは昨日の連中だろう?」
サタナエルはアレックスの部屋の窓枠に腰掛けており、そこから運び出されていく生徒たちを眺めて、そうアレックスに話題を振った。
運ばれているのは昨日、アリスをいじめていた生徒だ。
「ああ。アリスの復讐というわけだよ」
「死んだ人間はいないな。復讐というには生ぬるい」
「恐怖は味わったことだろうさ。アリスがどうやって復讐したか。君になら見ただけで理解できただろう、サタナエル?」
「呪術だな。典型的な下級悪魔と死霊を使ったもの」
悪魔としてのサタナエルの嗅覚は犠牲になった生徒たちから呪術に使われる低位の霊的存在を感知していた。あの犠牲になった生徒たちは黒魔術のひとつである呪術によって呪われたのだ。
「そう、それがアリスの才能だ。これから彼女は才能をどんどん伸ばしていく。そして、最悪の悲劇を引き起こす」
「見てきたのだろう。勿体ぶらずに何が起きるのか言え」
「いいだろう。事件が起きるのはこれから4日後のことだ」
サタナエルが急かし、アレックスがベッドに腰を下ろしてそう語り始める。
「彼女に対するいじめは続く。前によりヒートアップするぐらいだ。そして、彼女は再び報復に出る。それも今回のよりはより血なまぐさく、悲惨な結果を引き起こす。死人が出るんだよ。大量にね」
「ほう。加減を間違ったというところか?」
「さあ。それを知る由はなかった。彼女はその事件の直後に自殺してしまったからね」
「下らん幕引きだな」
「実にね。貴重な人材が無駄に失われてしまった。今回はそれは避けなければ」
「どうするつもりだ? 根暗が殺す前に俺たちが先に連中を殺すか?」
「そうする必要はない。アリスが不運な虐殺を繰り広げる前に先に彼女が呪いを行使するところを押さえてしまえばいいのだ」
アレックスはそう自慢気に告げた。
「俺も呪術にはある程度精通しているつもりだ。呪術を行使するにはいくつかの条件が必要になるということ。呪う対象を定めるための相手の体の部位とその体の部位を宿らせる呪いの媒介となるもの。最後の呪いの源となる霊的存在」
「そこから逆算すればどうやって彼女が呪いを行使するのかが分かる」
サタナエルの言葉にアレックスがそう言う。
「体の部位は一度目の呪いのときから手に入れているはずだ。呪術の媒介となるものについてもありあわせのものでどうにかなる。ただ、問題となるのは霊的存在だ」
「霊的存在は召喚するか、あるいは既に地上にいるものを捕まえるか」
「いずれにせよ、呪いのために使われた死霊や下級悪魔などは元居た場所に戻ろうとする。そこからアリスが呪いを行使している場所を把握しようじゃないか」
「何とも地味な話だ」
サタナエルはアレックスの言葉に退屈そうに顎を突いた。
「人生の9割は退屈で地味な作業さ。だが、その9割の退屈が残り1割の人生をとても愉快なものにしてくれるのだ。さあ、行くとしよう。急がなければ下級悪魔も死霊も逃げてしまうよ」
「ああ。分かった、分かった。一応付き合ってやる」
アレックスはサタナエルとともにまずは呪いを受けた生徒の部屋に向かう。
生徒たちの件は事件性はなく、ただの事故だと思われたのか、学生寮は封鎖されておらず、出入りは自由なままだった。
「問題の部屋も特に封鎖はされていないようだね」
「そして下級悪魔の臭いがする」
アレックスたちは学生寮の廊下を進み、サタナエルは鼻を鳴らしてそう言う。
「ん? エレオノーラかい?」
「ああ、アレックス。どうしてここに?」
「野次馬、またの名を知的好奇心の発露」
まだ血が残る部屋の前にエレオノーラが立っており、彼女がアレックスを見て怪訝そうに首を傾げて見せた。
「そう。でも、あまり近づかない方がいいよ。ここは危険だから」
「ふむ? 犯人が潜んでいる、とかかい?」
「そんなところ」
エレオノーラはそう言って血の残る室内を睨むように見つめる。
「少なくとも君はこれを事故だとは思っていないわけだ」
「ええ。事故ではないと思う。タイミング的にも、状況証拠的にも」
「なるほど」
どうやらエレオノーラはアリスの呪いのことを把握しているようだとアレックスは推測した。問題はその上で彼女がどうするか、だ。
「では、犯人を捕まえるかね?」
「流石にそこまでは。けど、また誰かが被害に遭うなら阻止する」
「その時は協力しよう」
「本当に?」
アレックスが申し出るのにエレオノーラが意外そうな顔をする。
「これだけの事件を起こす相手だ。男手は必要だろう? 君だけでは危ない」
「ありがとう、アレックス。あなたも気を付けて」
エレオノーラはアレックスに向けて微笑むと問題の部屋を去った。
「さて、と。まだ下級悪魔が残っている。人間の死霊にも劣るようなものだが、魔術師の見習いに危害を食えるには十分といったところだ」
「地獄から召喚した、にしては弱すぎる。地獄ではここまでの雑魚は生き残れん」
「となると、地上で発生したものか。動物霊などが変異して下級悪魔になった」
死霊が時間を経て悪魔になるということはある。しかし、ここにも魔術の再現性を欠く特徴が現れ、全ての死霊が悪魔になるわけではない。
教会などは悪しき者の魂が悪魔になるという。だが、悪とはなんだ?
正義と悪は時代によって変化するものだ。昔は奴隷を闘技場で戦わせることは悪ではなかった。だが、今は奴隷制そのものが白い目で見られるものとなっている。
だから、死霊が悪魔になるのかは再現できない事象だ。
だが、分かっていることもある。動物霊の類は呪いにも使える低俗な下級悪魔となるということだ。
そこからアレックスたちはアリスの動きを把握することにした。
「動物霊がこの学園で生じるとすればいくつかの場所に限られる。アリスが動物を自分で殺していない限りは、ね」
「あの根暗はそういうことをやっていそうだぞ」
「まあ、確かに自分の病的な欲求を満たすのはまず動物から始まり、そして人間に至るというがね。だが、彼女の場合はそれはないよ。彼女は純粋に報復を行っただけで、報復行為に愉悦の感情を見出していない」
サタナエルが勝手な意見を述べるのにアレックスはそう言って部屋の中に入り、周囲を見渡す。何か手掛かりになるものがないか探しているのだ。
「見ろ。これは最初からこの部屋にあったわけではなさそうだぞ」
「人形か」
部屋の隅にくすんだ色合の古びた布製の人形があるのをサタナエルが見つけた。
「ふむ。悪魔が宿っていた感触がするね。これを媒介としたか」
「まだ分からんな。標的を確実に呪うための体の部位を集めさせていた使い魔の類かもしれない。呪いにはそういうものがいる」
「その手のものは髪の毛がもっともポピュラーである。髪というのは宗教上でも、魔術上でも記号的なものであるからね」
再現性がなく、体系として学問を構築するのが困難であった魔術は、その知識の多くが経験則によって構築されている。
黒魔術も同様であり、そうであるためにある種の宗教的な『記号』が黒魔術を理解し、行使する上での重要な要素となっていた。
「まあ、この人形から分かることはあまりない。それよりも動物霊の線を追おう。これからは楽しい心霊スポット巡りの時間だ」
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本日の更新はこれで終了です。
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