第9話
「フロレンツ様のためになることをしなきゃ」と決意したはいいものの、何からすればいいのか分からない。とにかく今出来ることはフロレンツ様に会いに行くことだろう。宿舎に戻ってから市場で野菜やパンを買いそろえ、フロレンツ様の屋敷のドアをノックする。
「クリスタ、」
「生存確認だけじゃなくて、もっとちゃんとフロレンツ様の力になりたいんです!」
すると、フロレンツ様の瞳孔が少しだけ開いた。
「そんなことに君を巻きこむ訳には、」
「今の私が、何か大きなことを出来る訳ではないかもしれません。だけどせめて、栄養のあるものを食べてほしいんです。」
フロレンツ様に袋の中のパンと野菜を見せた。
私は台所に立って、簡単なスープを作ろうと野菜を切る。あまり調味料が無かったから薄味になっているかもしれないけど、野菜の香りが鼻孔をくすぐって、少し安心してしまう。
「出来ました。お召し上がりください!」
静かな大広間に似つかわしくない簡素なご飯。作っている間は作業に必死だったけれど、私の料理をフロレンツ様が口に運ぶのだ。そう考えると、何だか身体が熱くなってしまう。
「なんて言葉にすればよいのやら…。とにかくありがとう、感謝するよ」
フロレンツ様は言葉を途切れさせながらそう言うと、スープを口に運んだ。
「すごくおいしい、こんなに温かいご飯を食べたのは、本当に久しい」
フロレンツ様の方を見ると、その目には涙を浮かべていた。フロレンツ様が安堵の表情を浮かべていると分かり、私も胸がいっぱいになる。小さなことでもいいのかもしれない。フロレンツ様のこんな表情が見られるのなら、いくらでも作るのに。フロレンツ様は今笑顔ですよ、なんて、心の中でリヴィア様とミレーヌ様に伝えてみる。
充足感にほろ酔ったままフロレンツ様の屋敷を後にしてしばらく歩いていると、
「痛っ」
目の前の壁にぶつかってしまった。顔を上げると、ウルフハルトの身体だった。筋肉なのか何なのか、人体とは思えぬ硬さであった。今なら、昨日言えなかったことが言えそうだ。
「またあいつの所か」
「ええ。私、フロレンツ様の役に立ちたいんです。だから、今日は料理を作ったんです」
いつもはウルフハルトの人相悪い目なんて見たくはないけれど、今回ばかりはまっすぐ見据える。
「また盗み食いさせないために、少ない身銭を切った訳だ」
「そんな言い方、」
「へえ、何か間違いでも?」
ウルフハルトは薄ら笑いを張り付けながら、私の顔を覗き込む。イザベラに対する塩対応も酷かったけど、私に対してはそこに悪意が加わっているせいか質が悪い。
「少ない身銭を使っていたら、一体なんだって言うんですか」
「いや別に。いつまで続くのかなと」
ウルフハルトの言葉に、私は唇をかむ。
「せいぜい頑張りな、痩せ我慢。」
そう言って、ウルフハルトはヘラヘラしたまま市場の方に去っていった。お祭りの時といい、ウルフハルトは単独行動が多いのだろうか。性格的には十分あり得そうな話だけど。
朝になって、手持ちのお金を数える。実家から多少仕送りを貰っているとはいえ、このペースでご飯を作っていたら次の支給まで間に合わない。そんなことをぐるぐる考えながら宿舎の食堂に向かうと、管理人の人から声を掛けられた。
「昨日の夜に、あなた宛てに荷物を届けに来た人がいたから、後で管理室にいらっしゃい」
言われるがままに管理室に向かうと、そこには調味料と野菜が箱一杯に詰め込まれていた。実家からだろうか、なんていいタイミングなんだろう、と思っていると一番上に手紙が入っていることに気づいた。中を開けると、
「お前よりあいつの方が料理が上手いから、次はあいつに作らせろ。ウルフハルト」
私は言葉を失った。