第8話
昨日のことを思い出すだけで、口の中が苦くなる。だけど、リヴィア様やミレーヌ様の住んでいる空間は、私の予想に反して温かかった。それはきっと、リヴィア様やミレーヌ様の人柄に依拠している部分が大半だろうけど。とにかく2人は私が憧れてしまったくらいの生活をしていた。
宿舎を出て、ハンナと教室に向かう。この流れももはや日常と化していた。
「昨日のお祭りはどうだった?」
ハンナは確か婚約相手との顔合わせを兼ねてお祭りにいっていたはずだ。
「婚約者と一緒にまわったの!歩く時に私の歩幅に合わせてくれて、何だか申し訳なかったなあ」
「そんなことで申し訳なくなるなんて、ハンナが優し過ぎるんだよ」
「ふふ、ありがとう!」
ハンナとのこの平和な日常は、昨日の非日常を覆うように被さった。だけど、現実はそううまくは行かないようだ。
「昨日はお祭りに行かなかったの?」
鈴の様な可愛らしい声の主はイザベラで、その視線はウルフハルトに向けられていた。
「音楽に興味はない」
「そういえばそうだったわね。」
イザベラはウルフハルトの返事にあまり関心が無いのか、すぐに会話をやめてしまった。
こうして(悪趣味だが)会話内容を聞いてみると、意外と希薄なのか、それとも物言わずとも通じ合う間柄なのか分からないが、どうもお互い塩対応に見える。ウルフハルトが不遜なのはもちろんのこと、イザベラも少し様子がおかしい。
「昨日の音楽隊の中に、うちの楽器隊もいたんだよ!」
そうイザベラににこやかに笑いかけるマルセルは、私が攻略した通りの彼だったけれど。
それにしても、なんでウルフハルトは「お祭りに行かなかった」なんて嘘をついたんだろう。フロレンツ様のことは、あの3人にも言えないことだったのだろうか。その時、リヴィア様の言葉が脳内で流れる。
「ウルフハルト様がいなければ、私たちもきっと」
「私たちも」ということは、私たちもフロレンツ様みたいに食べる物に困る生活をしていただろう、ということだろうか。
フロレンツ様の気高い意志によってウルフハルトの援助を拒否しているとはいえ、実の兄のことがずっと気がかりなのだろう。ウルフハルトから「フロレンツをどうしたい」ときかれた時は、そんな大それたことは出来ないと思っていたが、悠長に構えている場合ではない。今の自分じゃ無力でも、行動を起こさないと。そう決意した。