第5話
ウルフハルトに強引に連れ込まれた馬車は、豪華絢爛な造りになっていた。この馬車を作れるほどの財産を、フロレンツの家から回収したのかと思うと怒りがこみ上げてくる。フロレンツは目の前の男を庇っていたけど、やっぱり憎たらしいと思ってしまう。そんなことを考えながらウルフハルトに視線を向けた。
「フロレンツと、話したのか」
ウルフハルトはゆっくりと口を動かしてそう言った。
「はい」
極力情報を与えるまいと、簡潔な言葉を選ぶ。
「今日、お祭りにいらっしゃったのですか?」
彼がこちらに色々聞いてこないよう、こちらから質問をする。
「ああ。目立たないようにしていたが、気づいたのか。」
その瞬間、彼の目つきが少しだけ柔らかくなった。
「ウルフハルト様も音楽をお好きなんですか?」
「ウルフハルト様も、ということはお前もなのか」
「え、あ、はい」
つい墓穴を掘ってしまった、と頭を抱える。音楽の素養なんて自分にはとてもない。
「何か、他の目的がありそうな顔だな。それは私もだが」
「他の目的、?」
「フロレンツだよ」
彼の口からフロレンツの名前が出るとは思わず、身体が硬直してしまう。
「とぼける必要は無い。お前はフロレンツの家から出てきただろう。」
そう言ってウルフハルトは目を細めた。全てを見透かすようなその視線が身体にグサグサと刺さる。
「そう緊張するな。お前を取って食ったりしない。」
ウルフハルトは少しだけ眉を下げるも、またすぐに氷のような目線を浴びせた。
「それにしても、地位も名誉も失ったあいつに会って何を得たのか?」
「え?」
ウルフハルトが発した言葉は、あまりにも温度を失っていた。恐る恐るその言葉が発せられた顔に視線を向けるも、そこには何の感情も乗せられていなかった。淡々と、事実の伝達をしているようなそんな口調だった。
「今のあいつは盗みを働かなければ満足に飢えもしのげない、そうだろう?」
盗み、その言葉に私は目を見開いた。どうして彼がフロレンツの窃盗行為を知っているのだろうか。そして、知っていてどうして彼を黙認しているのか。彼の真意がわからず、頭の中が真っ白になってしまう。そんな私に構わず、彼は続けた。
「あいつは分かってるんだよ。自分がどうして崇められていたのかを。そして、今の扱いの正当性も。」
「分かってた、?」
その瞬間、私の身体に電気のような衝撃が走り、彼の『貴族は信用だ』という言葉が反芻された。目の前の彼はフロレンツのことも、フロレンツが高潔な魂の持ち主であることも、よく知っているということだ。
「フロレンツ様は、ウルフハルト様もご存知の通り高貴な方です。それは財を失おうが変わらない。その事実を知りました。」
私がそう言うと、ウルフハルトは身体を強張らせた。
「どうしてそこまであいつに拘るんだ?」
「それは、」
私がフロレンツに執着している理由、その答えはいくら心の中を探しても見つけることは出来なかった。