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閉幕、あるいは木漏れ日の中

秋の鋭く肌に突き刺さるような風を感じながら、夕焼けを見たのを覚えている。

学校帰りの生徒の声。運動部のホイッスルの音。そして、心の奥底にへばりつくヘドロのような不快感。オレンジ色の空を飛ぶカラスたちは、僕の少し上を通り過ぎ、隣町の方向へ飛んでいった。

僕が最後に感じたことといえば、これぐらいのことだ。







目を開けたらそこには緑があった。

「‥‥‥‥どこだ‥ここ‥」

なぜここにいるのか、ここがどこなのかまるでわからない。それだけではない。今まで自分がどのようにして生きてきたのかすら全く思い出せない。まるで黒い靄がかかっているかのように。だが、不思議と不安は感じない。体にも痛みはない。とても心地いい。


立ち上がり周りを見てみる。20メートルほどの巨木は僕の周りを囲むように聳え立ち、夥しい数の葉をつけた枝葉は天に向かってその手を伸ばしていた。動物の気配はないが、木々や苔たちの発する青々しさに生命の力強さを感じる。僕はその力溢れる巨木に触れてみたくなった。その出どころ不明のエネルギーを僕も感じてみたかったのだ。巨木に近づくために一歩踏み出すと、地面に生えている苔が沈み込む。まるで新雪の中を歩いているみたいだ。


苔が湿っていないことを確認し、その巨木の根らしきものに寄りかかって深呼吸をした。木々の温もりを纏った匂いが鼻腔を通して体を循環する。吐き出した空気に木々の匂いがないのは、きっと木々のエネルギーを僕が吸い取ってしまったからだろう。

上空からの光の線が少し傾いたところで僕は立ち上がった。特にすべきことはないが、いつまでのこの場所に留まるるのも面白みがない。僕は存在するのかも定かではない、森の先へ進むことにした。新雪のような苔を踏み、空を遮る巨木を数本追い抜いた。明らかに最初の場所から遠のいている。しかしどれだけ歩こうともその景色が変わることはない。見分けがつかないほど酷似した巨木は断固としてそこに佇んでいた。地に根を張り、枝葉を広げ、この世界に存在していた。歩き続け、それに飽きたら木の根を探しそこで眠った。不思議と足が疲れることはなく、空腹も感じなかった。


日が新たに登ってからも僕は歩き続けた。永遠に続くと感じた巨木は気付けば背の低い木に変わっていた。背が低いとはいえど、明らかに僕の身長の3倍の高さある。ただ、巨木に見慣れてしまった後では目の前の木を「背の低い木」と思わざるを得なかった。植物の種類も多種多様で、毒々しい色味の花や、大蛇のように太い蔦、仮面のようにところどころがくり抜かれた葉などが自生している。そして巨木の森を抜けた途端にあまりにも大きすぎる疲労を感じた。足を前に出せば出すほど、膝が痛み、顔から汗がこぼれる。喉が渇く。様々な花が発する甘ったるい匂いに吐き気を催す。だが、もうあの巨木の森に戻ることはできない。 進み続けることしかできないと本能が告げている。そんな不快感に苛まれながらどれだけ歩いただろう。周りの景色は一向に変わらないが確実に日は落ちていた。

木に寄りかかり瞼を閉じるも、空腹がそれを妨げる。僕は周りの植物たちが眠りについたその中で、巨木の森を思い出し、日がまた登るのを待っていた。日が登ってからも僕は歩き続けた。耳鳴りがする中、考えた。なぜこんなにもなって歩き続けているのだろう。どこに向かって、何をするために歩いているのだろう。だが一向に答えは見つからない。答えにつながる道筋さえも敷かれていない。ただ、巨木の森からこの奇妙な森に世界が変化したように、歩き続けていれば何かが変わるかもしれない。そう思うのだ。


──────ガサッッ。


生き物の気配。しかも、真後ろに。あまりの疲労感に”それ”が近づいていることに気がつけなかった。パキパキと枝を踏みながら近づいてくるがわかる。体が硬直してうまく唾が飲み込めない。足音と共に影は僕を飲み込んでゆき、周りは一瞬にして暗くなった。体長は僕の倍近くはあるだろう。”それ”が吐き出す鼻息を背中に感じる。一定の鼻息を立てた後、乾いた薪を二つ打ち合わせて鳴らしたような奇妙な音を鳴らした。

僕は足を固定したまま上半身をゆっくりと左回転させた。”それ”がどんな形状をしているのか確かめずにはいられなかった。45°程度回転させたところで僕は一気に振り返った。

そこには巨大な黒いチューブ状の毛に包まれた動物がいた。顔には昆虫の複眼のようなものが2つついており、その間に1つの穴が空いていた。

「うわああああああああ。」

気づいたら大声を出しながら走っていた。自分のどこにそんな体力が残っていたのかわからない。ただ、謎の獣から逃げ切るために脳が力をセーブしていたことに違いはなかった。光る虫が視界を遮る。刃物のように鋭い葉が衣服ごと足を切り付ける。そんなことお構いなしに僕は走る。胸が苦しい。血のような味がする唾液を飲み込む。さっきまでの疲労感が嘘のように足が軽く、自分でも驚くほどのスピードが出ている。だが一向に距離は離れることなく、むしろ謎の獣は速度を上げて突進している。


「‣▽▼◁❖◇⁌▾▴∙○▽◁▻✤!!!!!」


これは、、獣のが発している喉の威嚇音とは違った人の声‥。真上を見ると人の形している何者かが僕のスピードに合わせて木の枝を飛び移りながら移動していた。彼は謎の言語を発しながら、正面を指差している。何が何だかわからない。ただ彼の指差した方向に走り続けるしかなかった。正面に目を凝らすと、白い光が差し込んでいる。森の出口だ。彼は僕の少し先の枝に飛び移りながら、腰に装備していた折りたたみ式の弓を取り出す。肩にかけてあった筒から矢を取り出し、構える。謎の光が矢を包んだ、

──瞬間。放たれた矢は僕の右肩を通り過ぎ、後ろで爆音が轟く。

土地煙は僕の背中を押し、チューブ状の体毛が飛散する。彼の攻撃のおかげで一瞬スピードは落ちたものの、獣は止まることを知らなかった。森の出口まで20m。10m。先に何があるかはわからない。断崖絶壁の崖、あるいは獣の巣窟かもしれない。そんなことを考えていても仕方がない。僕は最後の力を振り絞り速度を上げ、光に向かって飛び込んだ。


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