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「好きだけど、付き合えない」に関する考察

作者: 裕野

「好きだけど、付き合えない」

 これは、俗に言うクズ男が口にするセリフとして有名なものである。


 しかし、「好きだけど、付き合えない」はやっぱり存在しているのだと思う経験があったので、紹介しようと思う。


 かく言う私も「好きだけど、付き合えない」否定派であった。

以前までの私の解釈はこうである。


「君のことは、抱けるくらいには好きだけど、彼女をつくると遊べなくなるし本気で好きな人ができたらその子と付き合いたいなあ、だから君とは、付き合えない」


 これを読んでいる男子諸君には是非正解を教えてもらいたいところではあるが、ある出来事をきっかけに、「好きだけど、付き合えない」は意外とあり得るのかもしれない、と考えるようになった。



―――――



 私には中学時代、交際相手がいた。ここではAと呼ぶことにする。


 Aとは中学2年のクラス替えでクラスメートとなった。「一緒に下校」、「一緒にテスト勉強」、「朝まで通話」等の中学生お馴染みのイベントを経て交際に至った。交際期間は、市内の商業施設に出かけたり、公園で何時間も話したりした。中学生カップルにとってキスは大きな壁であるように思う。しかし、私たちは、それを軽々と突破してしまった。キスは人目につかない場所であればどこでもできてしまう。

では、夜の営みとなるとどうだろう。実家暮らしで、車を運転することもできない。高校生ならば、大人なホテルに出入りできるという話も聞くが、中学生では不可能だろう。

 私とAはキスの次のステップに進むことのないまま、中学卒業を迎えた。


 別々の高校に進学した私たちは、会う回数が激減し、すれ違うようになった。

 高校は中学校よりも校則が緩いものだ。アルバイトもできるようになるため、高校生の行動範囲はぐっと広くなり、おしゃれをするようになる。Aと過ごすよりも、高校の友達と過ごす時間の方が、キラキラして見えた。連絡頻度が減り、会う頻度も、月に一度、三ヶ月に一度と目に見えて減っていった。勉強も忙しくなり、冷たく当たるようになり、Aとの別れを決意した。


 高校では、中学よりも恋人がいる人が多い。今まであったものがなくなる、周囲の人がもっている。また恋人が欲しいと思うのはごく自然なことであった。

 恋人探しには軍資金が必要だ、ということでアルバイトを始めた。高校生でできるアルバイトなど限られていたため、苦手な接客業をすることになってしまった。

 それでもなんとかアルバイトを続けられたのは、アルバイト先の先輩Bの存在があったからだ。Bが優しく指導してくれたことで、なんとかアルバイトを続けることができた。世間知らずの女子高校生にとって年上の男性は5割増しで格好良く見えるものだ。

 Bは市内で一人暮らしをしている大学生だった。大学で何を学んでいるのか、サークルの飲み会で云々など、大学生の住む世界はまるで、おとぎ話のようであった。そんなキラキラした世界の話を教えてくれるBを好きになるのに時間はかからなかった。


 私は高校2年の3月、受験勉強のためアルバイトを辞めることにした。Bも就職活動に向け、拘束時間の短いアルバイトを探すため、一度アルバイトを辞めるらしかった。高校生にとって2年間は大きい。

 しかし、それは大学生であるBにとっても同様であった。二人だけで食事に行くことになり、Bと連絡先を交換した。食事の帰り道で、告白しようと決めた。


 食事代はBが支払ってくれた。Bは、私が未成年だからと、ソフトドリンクを飲み、家まで送ると言ってくれた。このままでは告白をするタイミングがなくなると思った私は、強引にコンビニに誘い、缶コーヒーを渡した。近くの公園のベンチに座り、缶が空になったころ、好きだと伝えた。

永遠に思えた沈黙の後、Bはこう言った。

「知ってたよ。気づいていないふりしてごめんね。でも佐々木さん高校生でしょ。」

「なんで…。 …でもっ!」

「僕は大人だから、未成年と付き合ったらつかまっちゃうんだよ。」

「それは…。」


 Bは私が狼狽えているところをしばらく眺めたあと、耳元で囁いた。

「秘密にするって約束できる?」

「え…?」

「秘密にしてくれるなら、思い出だけあげるよ。僕の部屋、来るよね?」

 私は親に友人の家に泊まると嘘をつき、外泊の許可をとり、Bについて行くことにした。


 Bの部屋は少し散らかっていて、男の人の部屋だ、と思った。少し散らかっていると言っても、定期的に掃除をしているようであった。それに、整理整頓に神経質な若い男は少ないだろうと思う。

 Bは家だからいいよね、と笑って冷蔵庫からビールを出した。Bの部屋の冷蔵庫にジュースはなかったので、ペットボトルの緑茶を注いでもらった。私がよそよそしく緑茶を飲んでいる間、Bは引き出しから女ものの部屋着を持ってきた。Bは俗に言うクズ男のような見た目とはほど遠い。しかし、部屋に女ものの部屋着があることに心底驚いた。私の怪訝そうな視線を感じ取ったBは、

「ああ、これ妹の。洗濯してあるから使いなよ。」

と笑顔を見せた。それが本当に妹のものであったとしても、複雑な気持ちだ。私は家族の服を何の躊躇いもなく他人に貸したりしない。


 部屋は少し散らかっていて、妹の私物を他人に貸すような人なのに、水回りは掃除が行き届いていた。浴室も綺麗だった。この部屋に出入りしている女性がいる。これは女の勘だ。女の勘はよく当たる。年上の男であっても、女を騙すことはできないのだ。


 Bは思い出だけだと言った。Bは私が成人するまで待ってはくれないだろう。

 この部屋に出入りする女性なんて本当は存在しないかもしれないし、元カノだってことも考えられる。

 いや、妹は出入りしているのだろう。しかし、妹が兄の部屋の掃除をするとは考えられない。妹は私と同じくらいの歳だろうか。

 でもそれは関係のないことだ。馬鹿な私は思い出を選んだのだから。今日何もなければ、私がコンビニに誘わなければ、アルバイトを辞めたあとも連絡をとりあい、高校卒業後に付き合えたかもしれない。Bにとっては、私との関係なんてただの通過点なのだろうか。


 Bとは結局最後までしてしまった。中学時代に付き合っていたAとはキスまでだった。私は初めてを失った。




 私もBも最後の出勤日を終えていたので、Bとその後会うことはなかった。

 Bにとっては、何人もの女のうちの一人であったのかもしれないが、私にとってはたった一人の初めての人となってしまった。くだらなくて、思い入れのない出来事なのに、不本意にもその記憶は私の脳裏に深く刻まれている。

 Bが一人称で「俺」を使っているところを聞いたのは、あの日だけだった。アルバイト先では年下の私のことも「さん」づけで呼んでいたが、あの日は「美緒」と呼び捨てにした。下の名前で呼ばれることが少ないからか、私の耳はいつまでもBの「美緒」を憶えている。

 呼び捨ては少しぶっきらぼうに感じるはずなのに、「美緒」と呼ぶ表情が優しかった。アルバイト先で見る表情より何倍も。あんなに優しい顔で私を呼ぶ人にはもう出会えないかもしれない。

 歳が同じだったら、いや、あと1つでも歳が近かったら、Bは付き合ってくれただろうか。



―――――




 私にとって、「好きだけど、付き合えない」はこうだ。


「私は好きだったけど、相手からは抱ける相手だと思われていたらしい、望んで関係を持ったとしても、その気持ちの差がある限り、上手くいかないのが明らかであるため、付き合えない」


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