第74話 土の精霊魔法
「おいあれ、副会長じゃねえか?」
「ホントだ! ロゼッタさん! さっきから起きてるこの地震はいったい……」
ルクスたちがユグドラシルへの策を実行するため《ノームの洞窟》付近へと向かっていると、途中で数名の生徒たちと出くわす。
「詳しい説明は後でしますが、今はとにかくここから離れてください! 非常に強い魔物が向かってきます! 貴方たちは学園裏の丘へ!」
「わ、分かりました!」
生徒たちに指示を出しつつ前へ。
中には何故Fクラスの襟章を付けているルクスがロゼッタに同行しているのかと訝しがる者もいたが、今は緊急事態でそれどころではないのだと察すると、皆が自身の避難を優先させることとなった。
遠目には学園の校舎も見えるようになり、ルクスたちは目的の場所――即ち《ノームの洞窟》付近へと到着する。
「よし、ロゼッタ。ここでユグドラシルを迎え撃つぞ」
「はい、師匠」
コランとシエスタが避難誘導にあたっていてくれるはずだが、先程のような生徒たちがいたことを考えると全員の避難にはまだ時間がかかると見るべきだろう。
故に、ここでユグドラシルを食い止めなくてはならないと、ルクスは決意を固める。
辺りを揺るがす地響きが徐々に大きくなり、ユグドラシルが間もなくやって来るであろうことを窺わせた。
「ノームのじっちゃんとウンディーネは上から他の生徒たちが近くにいないか確認してほしい。巻き込んだりしたくないからな」
「分かったわ」
「ルクスよ。任せたぞ」
ノームとウンディーネが空へと飛翔した後、予想通り周囲の樹木を食い荒らしながら標的が接近してくる。
ゆったりとした歩調とは裏腹に圧倒的な存在感を放つ大樹竜ユグドラシル。
それを撃退すべく待ち構えるルクスたちに、後ろから聞き覚えのある声が響いた。
「おい、お前ら!」
ルクスが所属するFクラスの担任教師であるオリオールだった。
「あ……。オリオール先生」
「逃げ遅れた生徒がいるかと思ったらロゼッタさんと、それにルクスか……。避難してきた生徒たちから話は聞いた。あれが現れたという魔物だな。なんてバカでかさだ」
オリオールはルクスを一瞥して、それからユグドラシルの方へと視線を向ける。
「何故あんなバカでかい魔物が現れたのかは後だ。ここは俺が食い止める。後から他の先生たちも来るから、お前らは逃げろ。いや、ロゼッタさんはできれば協力してくれると助かるが」
オリオールの口から出たその言葉は当然の判断だった。
Aクラスの生徒であるロゼッタはまだしも、学園で最底辺のクラスに所属するルクスがいていい場所ではない。
たとえ別の誰かであったとしてもその判断を下しただろう。
そしてそれは、オリオールの前で実力を隠し続けてきたルクスにとっても利害が一致する提言のはずである。
しかしルクスは、オリオールにとって予想外の言葉を返した。
「いえ。あの魔物は俺が倒します」
「は……?」
オリオールは思わず声を上げる。
それもそうだろう。
この場にいる中で最も実力に劣るはずの生徒が、明らかに普通ではない魔物の討伐を宣言したのだ。
「ルクス、お前……」
オリオールをはじめ、学園の教師陣に任せるという選択肢もあったかもしれない。
しかしルクスはその選択肢を天秤にかけてすらいなかった。
(さて……)
軽く息を吐いて前へ。
そしてルクスは迫り来るユグドラシルをその目で見据えた。
「おいよせっ! あれはお前がどうこうできる魔物じゃ――」
「大丈夫ですよ、オリオール先生」
「え……?」
ルクスを止めようとしたオリオールに、ロゼッタが声をかける。
その青い瞳には一切の不安がなく、ただ自らが認める少年への信頼だけが宿っていた。
「大丈夫です。今戦おうとしているあの人は、私が憧れている――師匠ですから」
「……」
オリオールとロゼッタ、二人の視線の先でルクスは空を見上げる。
そこには辺りを偵察していたノームとウンディーネがいて、ルクスに問題なしとの合図を送った。
(よし、周囲に生徒たちはいない。それなら――)
ユグドラシルが樹々をなぎ倒しながらルクス目掛けて突進してくる。
その光景は圧巻で、普通であれば誰もが逃げ出す選択をするだろう。
しかしルクスは落ち着き払った様子で膝をつき、地面に自身の手をかざす。
現れたのは橙色の魔法陣だった。
それは前方にいるユグドラシル全てを飲み込むほどに巨大で、眩い光を放つ。
その様子をノームは上空から見下ろしており、「今じゃ」と小さく呟いた。
そして――。
「土の精霊魔法、《大地の絶対支配》――」
ルクスが命じると、魔法陣の発光が一段と強くなる。
――ガルァッ!?
異変が起こったことを察知しユグドラシルはその場を離れようとしたが、既に手遅れだった。
ユグドラシルがいた地面が音を立てて崩落したのだ。
通常の規模では測ることができないほど広範囲の魔法。
その超広範囲魔法を学園最底辺のクラスに所属する少年が放ったという事実に、オリオールは目を見開いた。
消失した地面の下には《ノームの洞窟》の地下空間が続いており、ユグドラシルは瓦解した大量の土砂とともに落下していく。
――圧倒的な質量を持つユグドラシル故の弱点。
それが、高所から落下した際に生じる、自重による衝撃である。
ユグドラシルほどの巨大生物が落下現象に巻き込まれるなど、本来起こり得ることではない。
しかし、ルクスが放った土の精霊魔法はそれを可能にしたのだ。
「これ、は……」
オリオールが驚愕の表情を浮かべる中、《ノームの洞窟》の奥底にてユグドラシルの断末魔の叫びが響き渡る。
「さすがです。師匠」
その声の主は柔らかい笑みを浮かべ、目の前に立つ少年の背中を見据えていた。





