第70話 師匠だから
「あのイビルローズを捕食する竜だなんて……。そんな……」
前方を進む魔物に目を向け、ロゼッタが呆然と呟く。
ノームが先程語ったのは、大樹竜ユグドラシルがいかに脅威であるかを表すものだった。
「……」
以前手を焼いた相手の上位存在。
そんな魔物を止めなければならない。
どうすれば良いのかと、ロゼッタは握りしめた手を震わせていた。
「――よし、行くか」
しかし、重苦しい空気を切り裂くようにしてルクスの声が響く。
「師匠……?」
「いくらアイツが強いって言ってもさ、止めなければならないことに変わりはないんだろ? なら、やるべきことは一つさ」
臆するどころか、笑みすら浮かべて言ったルクスにロゼッタは目を見開く。
酷く単純。
けれど道標となる、真っ直ぐな姿勢。
(――ああ、これでこそ師匠だ)
ぱしん、と。
自分の顔を両手で叩き、ロゼッタは決意を新たにした。
「そうですね、師匠。行きましょう」
そう短く告げ、ロゼッタはルクスとともに斜陽の中を走り出す。
まったくなんという子たちかと、畏敬の念を抱きながらノームとウンディーネもそれに続いた。
***
「おおーい! ルクス君っ!」
「ルクスくん! ロゼッタさん!」
ルクスたちがユグドラシルを追っていると、前方に見知った人物たちが姿を現した。
「コラン、シエスタ! 良いところに!」
「ルクスくん、あれはいったい……。それに、ルーナさんは? も、もしかして食べられちゃってたり!?」
「落ち着けシエスタ。大丈夫、ルーナとは別行動を取っているだけだ。生徒会長もいい人だったしな。今はそっちと一緒にいる」
「な、なら良かったですけど……。でも、あの魔物は……?」
シエスタはほっと胸を撫で下ろすが、すぐに地響きを鳴らしながら歩いているユグドラシルを指差して問いかける。
「悪いが今は説明している余裕がない。とにかく、あの魔物はすごく強いやつで、どうやら学園の校舎の方へ向かっているみたいだ」
「ええっ!? それってすっごく危険な状況なんじゃ……」
「ああ。だから、二人には学園のみんなに避難するよう伝えてほしい。先生たちにも協力してもらってくれ」
「わ、分かりました」
「幸いあの魔物の移動速度は遅いから先回りはできると思うけど……。でも、ルクス君たちは?」
「俺とロゼッタはアイツを食い止める」
ルクスが平然と言ったその言葉に、コランもシエスタも驚きの声を上げた。
それが自然な反応だろう。
眼の前を悠々と進むユグドラシルは明らかに通常の魔物と異なるのだ。
そのユグドラシルと交戦しようなどと、普通なら誰もが思わないだろう。
「大丈夫ですよ、お二人とも。師匠はやると言ったらやってくれる人ですから」
しかしロゼッタはルクスのことを信じて疑わない。
ルクスの戦いを傍で見続けてきたロゼッタの言葉は決してうわべだけのものではなく、コランとシエスタを納得させる力があった。
「分かり……ました。ですが二人とも、決して無茶はしないでください」
「避難誘導は任せて。みんなが避難できたら知らせるから!」
「任せてくれ。絶対にアイツを止めてみせる」
互いに頷き合い、散り散りになる面々。
そうして、ルクスたちは再びユグドラシルを追って疾駆した。
「やっぱりデカいな……。まるで動く要塞だ」
侵攻するユグドラシルの脇を抜ける途中、ルクスがその巨体を見上げた。
接近すると改めてその圧力に身震いしたが、ルクスたちは構わずユグドラシルの前へと躍り出る。
「さて。それじゃ戦闘開始といきますか」
「はい、師匠。ここで食い止めてみせましょう」
短く交わし、眼前の敵へと照準を合わせるルクスとロゼッタ。
ユグドラシルが鋭い眼光を向けてきたが、二人の中に退くという選択肢はもはや存在しない。
(そうです。師匠なら、きっと……)
隣に立つルクスをちらりと見やり、ロゼッタは小さく息を吐き出した。





