第7話 許せないこと
「おっけ。ここまで来れば大丈夫だろ」
Cクラスの生徒に絡まれていたクラスメイトのコランを連れて逃げた後。
リベルタ学園裏の小高い丘までやって来たルクスは一つ息を吐いた。
「あ、あの。もう下ろしてくれて、大丈夫」
腕の中から声がして、そういえばまだコランを抱えたままだったとルクスは思い出す。
コランを下ろすと、ルクスはペコペコと何度も頭を下げられた。
「えと、ルクス君、だよね。同じクラスの。さっきは本当にありがとう」
「いやいや、何のあれしき。というかコランも災難だったな。あんな奴らに絡まれて」
「う、うん」
ルクスが自分の名前を覚えていてくれたことが意外だったのか、コランは少し驚いた表情を見せる。
近くにあった丸太に並んで腰掛け、ルクスはコランから詳しい事情を聞くことにした。
「で、アイツらは一体何なんだ? 初めて絡んできたって感じじゃなかったけど」
「うん……。元々、僕がEクラスにいた頃から面識はあったんだけど、ああやって雑用をさせられることがあって……」
「ああ、パシリってやつか」
「そ、そうとも言うかな?」
ルクスが直接的な言葉で表したため、コランは少し慌てたような素振りを見せる。
「それで、僕がFクラスに落ちてから余計に命令されることが多くなって……」
「なるほど」
「あと、僕ってほら、こんな見た目だから……」
「見た目?」
「その、太ってるから……。デブとか、よく言われるし。小さい頃からずっと馬鹿にされてきて……」
どうやら、コランにとっては体型がコンプレックスであるらしかった。
話す言葉も尻すぼみになり、力なく俯くコラン。
しかし、そんなコランにルクスは問いかける。
「太ってるのって悪いことなのか?」
「え……?」
「別に良いんじゃねえの? それも個性だろ。というか、コロコロしてるのも可愛らしくて良いと思うぞ」
「こ、コロコロって」
「そんなことでコランのことを馬鹿にしてるならますます許せないな。クラスの階級で下に見てるのかもしれないけど。……いや、それも駄目だろ」
ルクスは少し怒ったような表情を浮かべ、腕を組む。
どうやら本心から言っているらしかった。
一方で、それを聞いたコランは目を見開く。
幼い頃から体型のことで周囲から見下されてきたコランにとって、ルクスのその反応は新鮮だった。
と同時に、拒絶されなかったことが嬉しくもあった。
「自信を持てなんて偉そうなことは言わないけどさ。別に自分を卑下したりする必要もないと思うぞ」
「……」
「ま、同じFクラス同士、仲良くしようぜ。今更だけど」
言って、ルクスはコランに向けて手を差し出す。
コランは思わずといった感じでその手を取り、そして、どこか救われたような気持ちになっていた。
***
「でさ、ダンジョンで珍しい石とか見つけるとテンション上がっちゃうんだよな」
「あ、うん。分かる。僕もダンジョンで見つけた石を集めるのが趣味で、持って帰って飾ったりしてるんだ」
数分後。
ルクスとコランは打ち解けた会話をするようになっていた。
「僕、ダンジョン探索が好きなんだよね。未知のものに出会えるっていうか」
「分かる、分かるぞ同志よ!」
「え、へへ」
共通点を見つけられたことが嬉しくなり、ルクスがコランの手をガシッと握る。
コランは若干困惑しつつも、ルクスが自分の話に賛同してくれたことに笑みを浮かべていた。
「それでね。将来は僕、鉱石収集家になりたいと思ってるんだ。その、小さい頃おじいちゃんが石の図鑑をよく見せてくれたんだ。だから、それがすごく魅力的に見えて」
「おお、良いじゃないか。今度俺の集めた鉱石と見せあいっこしようぜ」
「う、うん!」
そんな会話を重ね、二人はすっかりと意気投合する。
そして、間もなく昼休みの時間が終わろうかという時――。
「コランもさ、そんだけやりたいことがあるなら、アイツらに従うことなんてないよ。今度もし何か言われたらきっぱり断ってやろうぜ」
「あ……うん……」
不意にコランが曇った表情になって俯いた。
ルクスはそんなコランの様子に疑問符を浮かべる。
「どうした?」
「その……」
「何だ、話してくれよ。困り事なら力になれるかもしれないぞ」
「う、うん。実は――」
コランは歯切れ悪くなりながらも、自身が今抱えている問題についてルクスに話していく。
話を要約すると、どうやらコランは先程の連中に大切なものを奪われてしまったらしい。
それは、コランが小さい時に祖父からプレゼントされた腕輪とのこと。
その腕輪には複数の鉱石が散りばめられており、石に興味を持ってくれた孫に宛てたものなのだそうだ。
「それで、腕輪を返してほしければオレたちに従えと?」
「うん……。それもあって、逆らえなくて。先生たちにも、言うなって……」
コランは意気消沈した様子で声を絞り出す。
その様子から、奪われた腕輪がコランにとっていかに大切なものか、ルクスは窺い知ることができた。
(許せん……)
普段はあまり怒りをあらわにしないルクスが、珍しく鋭い目つきになっていた。
「なあコラン。放課後とか、アイツらがいそうな場所わかるか?」
「え……? ええと、いつも旧校舎の空き教室に呼び出されることが多い、けど……」
「ふむ」
考え込む様子のルクスをコランは怪訝な目で見つめる。
そして、ルクスは勢いよく立ち上がり、コランに向けて言った。
「よし。今日の放課後、アイツらの所に行こう。腕輪を取り戻すぞ」