第68話 魔力の暴走
「これは驚いた……。確かにちゃんと組み上がっている」
ルクスが黒い石のパズル――もとい、魔導具を組み立てた後で。
シーベルトがその石を受け取り呆気にとられていた。
「え……。師匠、一体どうやったんです?」
「ええと……。何となく?」
こともなげにルクスが言って、ロゼッタもまた呆れた表情を返す。
「はぁ……。いるわよね。皆が悩んでいることをサクッと無自覚に解決しちゃう奴。精霊の中にもそういうのがいたわ」
ウンディーネがジトッとした目で呟き、ノームとルーナも誰か心当たりがあるらしく頷いていた。
「はは……。ルクス君にますます興味が湧いてきたよ。ぜひこの一件が終わったらゆっくり話でもしたいね」
「もういっそのこと生徒会に入ってもらいましょう」
「おいロゼッタ。さらっと推薦しないでくれ。俺にはガラじゃないって」
「確かにルクスってそういう役職に就いてるイメージできないわね。何というか、そういうところに入ってまともに活動できる気がしないし」
「同感です」
「同感じゃの」
「……なんだろう。何故かちょっぴり傷つく」
ルクスは肩を落として呟くが、気を取り直してシーベルトが手にしている黒い匣型の魔導具に視線を戻す。
「とにかく、これでこの魔導具は正常に作動するってことなんですよね?」
「ああ。これを渡してくれた人によればそうらしいが……」
シーベルトが黒い石をじっと見つめていると、ちょうど変化が起こった。
青白い紋様を刻むようにして光が走ったかと思うと、その光は匣の外側へと伸びていく。
光は一筋の線となり真下へ、即ちルクスたちがいる《ジンの風穴洞》の地面へと吸い込まれていった。
「これは……。この光の先にアイリスフロームの花があるということなのでしょうか?」
「恐らくそういうことだろう。光が示しているのは……このダンジョンの下層か」
シーベルトが光の指す方へと視線を向け、ルクスたちもそれに続く。
「じゃあこの先に進めばいいってことだな。それなら、すぐにでも下の階層に降りるか」
ルクスはノームという精霊と出会い、《白水晶の遺跡》での黒の瘴気発生事件があって以降、ロゼッタたちと共にその問題を解決すべく奔走してきた。
しかし、それももう終わりに近い。
このダンジョンの下層で虹色に光る花――アイリスフロームを見つけ、ドライアドの体に起きている異変を治す。
そうすれば長らく追ってきた問題も解決できるのだと、ルクスは意気込み新たに「よしっ」と小さく呟いた。
その時――。
「くっ……。あぁ……」
呻き声が上がった。
「ち、ちょっとドライアド、どうしたの? 顔色が真っ青よ!?」
「ドライアド、まさか……」
声を上げたドライアドは自分自身を抱くようにして身を震わせている。
加えて、ドライアドの周辺にどす黒い気体が満ちていった。
(これが、魔力の暴走か……? でも、可視化できるほど強力なものだなんて……)
傍目にも分かる異常。
ダンジョン内の気流とはまた別の何かがルクスたちの周りに吹き荒れる。
正確には、ドライアドを中心として魔力の奔流が生じていた。
「抑え、きれませ……。あ……あぁあああああっ!」
ドライアドは必死で何かに抗うようにしてもがいたが、それも叶わず絶叫する。
そして、ドライアドの体から放たれた黒い魔力は逃げ場を求めるようにしてルクスたちが入ってきた方へ、即ち地上へと向かっていった。
ぷつんと糸が切れたようにドライアドが倒れ込み、皆が心配そうに駆け寄る。
「お、おいっ! 大丈夫かドライアド!」
ルクスが声をかけるが、ドライアドは反応しない。
どうやら気絶しただけのようで皆は安堵するが、ドライアドは荒々しい呼吸を繰り返していた。
「ドライアドに魔力の暴走が起こった……。ということは……」
ルクスが発した言葉通り、その現象はすぐに起こった。
ドシン、と――。
ルクスたちのいるダンジョンが激しく揺れ、壁面や天井がパラパラと崩れ落ちる。
地上に何かが現れたのだということはすぐに分かった。
そしてそれが望まれざる存在であろうということも、ルクスは察していた――。





