第66話 ドライアドの感謝
「アイリスフローム? 聞いたことのない花の名前だな……」
ドライアドの異変を治すための方法。
シーベルト曰く、そのためにアイリスフロームという虹色に輝く花が必要ということだったが、ルクスには耳馴染みのない名前だった。
「でも、アイリスフロームがあればドライアドさんを助けられるというのはどうしてなんですか?」
「それは私がシーベルト様にお伝えしたのです」
ロゼッタの問いにドライアドが答える。
それに対してルーナがなるほどと相槌を打ちながら補足した。
「そういえば昔、ドライアドは言っていましたね。植物の中でも非常に希少性の高い花。それがアイリスフロームという虹色に輝く花だと。それから、その花は万病を癒やす素材にもなり得るのだと」
「そう。ドライアドは植物を司る木の精霊だからね。特に親和性は高いんだろう」
「でもさ、それならドライアド自身の能力で召喚しちゃえばいいんじゃないの? アンタ、確かあらゆる植物を召喚できる能力を持っていたわよね?」
ウンディーネの提案に、しかしドライアドはふるふると首を振る。
「それは、できないのです。この症状が出てから能力が上手く使えず……。それどころか、魔力が暴走してしまうのです」
「暴走?」
「はい……。能力が自分の意思とは関係なく発動してしまうこともあり、そのせいで学園の生徒さんたちにも多大な迷惑をかけてしまったようで……」
「あ、もしかして《白水晶の遺跡》でイビルローズが現れたのって――」
ドライアドが力なく頷き、ルクスたちは合点がいった。
つまり、あのイビルローズの発生、そして黒の瘴気の発生は誰かの作為によって引き起こされたものではなかったのだ。
ドライアドの体に起きている異変と魔力の暴走状態。
それにより生じた偶発的なものだったと、そういうことだ。
ドライアドは俯いていたが、精霊たちはどこか安堵の表情を浮かべていた。
イビルローズの出現地点に精霊の魔力の痕跡があったことについても、これで原因がはっきりしたためである。
より正確には、同族の仲間が非行に走ってなどいないということが分かったためである。
ルクスとロゼッタも同様に安堵の表情を浮かべつつ、これでやるべきことは明らかになったと頷き合っていた。
「ルクス様の仰る通りです……。後でシーベルト様から事の経緯をお聞きして、私は何てことをしでかしてしまったのかと……」
ドライアドは瞳に涙を浮かべながら消え入りそうな声で呟く。
が、それを責める者がこの場にいるはずもなかった。
「それは仕方ないですよドライアドさん。それに、あの時は師匠が生徒たちを助けてくれましたからね」
「そうだね。ロゼッタ君の言う通り。まあ、僕もルクス君があの一件を解決した功労者だと知ったのは今日のことだけれど」
「誰がというのは関係ないさ。どちらにせよ被害はゼロだったんだ。だから、ドライアドが気に病む必要なんて全っ然ないぞ」
「皆さん……」
こぼれ落ちる涙。
それをドライアドはぐしぐしと拭い、ルクスたち一人ひとりの顔を見回す。
「本当にありがとうございます。何と言ったらいいか……」
ドライアドが感謝の意を告げ、その場にいた皆が笑みを浮かべていた。





