第63話 ルクスの思惑
「君、大丈夫か……!」
ルクスを狙っていた魔物が撃破された後のこと。
姿を現したシーベルトがルクスへと駆け寄ってくる。
一方でルクスは衣服を叩いて思考を巡らせていた。
(普通に助けてくれたな。とすると……)
元々、ルクスたちが懸念していたのはシーベルトがドライアドを何らかの方法で使役し、リベルタ学園の生徒たちを危険に晒したイビルローズを召喚したのではないかという点である。
仮にそうだとしても動機が不透明な状態ではあったが、可能性としては残る。
そこでルクスは意図的に魔物から襲われる状況をつくったのだ。
もしシーベルトが生徒たちに危険をもたらそうとしている、もしくは自分の目的のために他者を傷つけても構わないという思想を持っているのなら、姿を現してまで魔物に襲われている生徒を助けはしないだろうと。
ルクスはそのように考えて先程の行動に踏み切ったのだ。
「怪我は……ないようだな。良かった」
駆け寄ってきたシーベルトは魔物に襲われていたルクスが無事なことを確認し、安堵の息を漏らす。
利発そうな顔にも弛緩した雰囲気が感じられ、ルクスの身を本気で案じていたことが窺えた。
諸々の事情を吟味し、ルクスが導き出したのは――。
(やっぱり会長はいい人だ……!)
そういう一つの結論だった。
「君は……襟章を見るにFクラスの生徒か」
シーベルトがルクスの制服の襟元を見やる。
それはルクスの立場を蔑むようなものではなく、なぜFクラスの生徒がダンジョンの中でも最難関とされる八大精霊ダンジョンにいるのかという視線だった。
「Fクラスの生徒はこのダンジョンに立ち入りが禁止されているはずだけど?」
つまりはそういうことである。
本来この八大精霊ダンジョンに立ち入りを許されているのはリベルタ学園の中でもAクラスに所属する生徒のみなのだ。
理由は単純で、強靭な魔物が跋扈する八大精霊ダンジョンはそれに対抗する魔法を扱えないと危険だから。
そのためルクスがいつも昼休みや放課後にダンジョンに潜る際には気配を隠匿する魔法を用いて探索にあたっているのだが、今それは重要ではない。
ルクスはシーベルトの顔を見て、それからペコリとお辞儀をした。
「生徒会長。助けてもらってありがとうございました」
先程まで魔物に襲われていた割には落ち着いているルクスの声。
その調子にやや戸惑いを覚えながらも、シーベルトは柔和な笑みを浮かべて応じる。
「いや、礼には及ばないよ。助けになれたようで良かった」
「それと、すみませんでした」
「む……」
ルクスの謝罪を立ち入り禁止のダンジョンに潜っていたことに対してのものだと受け取ったシーベルトは、どうしたものかと頭を掻く。
しかし、ルクスが言った「すみません」という言葉は別の意味合いを持っていた。
「まあ、何にせよ君に怪我がなくて良かったよ。だが立ち入り禁止のダンジョンに潜るのは――」
「いえ、俺が謝ったのはそのことについてじゃありません」
「何……?」
物陰で静観していたロゼッタたちが視線を向ける中、ルクスは一つ息を吐く。
そして、続く言葉はシーベルトを驚かせるものだった。
「シーベルト会長。俺はあなたが精霊を連れていることを知っています。あなたが姿を消してこのダンジョンに潜っていたことも」
「っ――」
シーベルトの顔に見て取れる動揺が浮かぶ。
「その上で確かめたいことがあって魔物に襲われるフリをしていました。試すような真似をしてすみませんでした」
「君は、一体……」
「とりあえず、泉のところまで戻りませんか? そこで少し話がしたいです」
ルクスは困惑するシーベルトに対し、そのように告げた。





