第60話 《ジンの風穴洞》にて
「うわっ。すごい風だな」
「そうですね、師匠。私も入るのは初めてですけどここまで風が強いと進むのも大変そうです」
ルクスたちが《ジンの風穴洞》へと足を踏み入れると強風が吹き荒れていた。
目を開けているのが精一杯という感じで、ルクスたちは腕を顔の前に置きながら進んでいく。
ふと、ルクスは隣でもじもじしながら歩くロゼッタを見た。
「ロゼッタ? どした?」
「ええと、その、師匠……。できたら前を進んでいただけると嬉しいなと……」
「ん? いいけど、何で?」
「それは、その……」
どこか歩きにくそうにしながら言葉を濁すロゼッタを見て、ルクスは怪訝な表情を浮かべる。
すぐに察しがつかないルクスに溜息をついたのはウンディーネだった。
「馬鹿ね、ルクス。ロゼッタは女の子なのよ? 少しは気を遣いなさい」
「え? あ、ああ」
その言葉でロゼッタが制服のスカートを抑えていた意図を察し、ルクスは慌てて目を逸らすと前を歩き始める。
――しまった今のはむしろチャンスだったか、でもそんなはしたないのは……と悩んでいたのはロゼッタ。
――まったく鈍い奴めと思っていたのはウンディーネ。
――緊張感がありませんねと思ったのはルーナ。
――初々しいのぅと顎髭を擦っていたのはノーム。
――気まずい……! と思っていたのはルクス。
それぞれの思いを抱えながら、一行は強風吹き荒れる洞窟内を進んでいった。
微妙な空気の中で沈黙が続き、しびれを切らしたルクスがロゼッタに向けて問いかける。
「と、ところでロゼッタのそれ、便利だよな」
「それ、というのはこの帽子とコートのことですか?」
「そうそう。隠密行動にも向いてる魔導具だって言ってたけど、魔物なんかにも効果あるのか? それなら俺も欲しいなぁ」
「えっと、お店の人曰く効果があるのは人に対してだけだって……」
「そっか……」
「はい……」
「……」
「……」
また沈黙。
いつもと異なる空気感に、ルクスとロゼッタは気まずさを抱えたまま歩いていく。
と――。
――ガルルルル。
ルクスとロゼッタの前に1体の魔物が現れた。
鋭い牙を持つ狼型の魔物、ブラッドガルムだ。
素早く動き回り、その牙による一撃を受ければひとたまりもないとされている凶暴な魔物だったが、ルクスとロゼッタの胸の内に浮かんだのは、
――むしろ今は助かる!
だった。
落ち着いて観察、などということはしない。
すぐさまロゼッタがブラッドガルムに氷結魔法を放ち、先制の一手を決める。
「《地を走る氷結》――!」
――グルァッ!?
ブラッドガルムはロゼッタの放った魔法により地面ごと足を凍らされ、身動きを封じられた。
いかに素早い動きを持つ魔物であっても、こうなればただの的である。
「白の魔弾よ、貫け――」
続けてルクスが《魔弾の射手》による一撃を見舞う。
射出された光弾は吹き荒れる強風をものともせず進み、ブラッドガルムの喉元を貫いた。
「やりましたね、師匠」
「ああ、ロゼッタもさすが」
精霊たちが感嘆して見守る中、二人は声を交わす。
そしてほっと一息つこうとしたところ。
「あっ――!」
「ロゼッタ!?」
一際強い風が吹き、ロゼッタが短い悲鳴を上げたことでルクスが後ろを振り返る。
ロゼッタは身に着けていた帽子とコートを両手で抑えようとしたが、時既に遅し。
二つの魔導具は風にさらわれて入り口の方へと飛んでいってしまった。
「あ、あー。飛んでいっちゃったな」
「……」
「えっと、後で回収しようか」
「……」
ルクスの声にロゼッタは答えない。
せっかく身に着けていた魔導具を失ったから、という理由ではない。
先程ルクスが振り返った際、帽子とコートを風に煽られまいとしたことで両手が塞がり、もう一つの抑えるべきものを抑えられなかったためである。
ルクスは見てはいけないものを見てしまったと、心底気まずそうに頬を掻く。
一方でロゼッタは真っ赤に染まった顔を隠そうと俯いていた。
「……」
「えっと……」
「……」
「と、とりあえず今はシーベルト会長を探すか」
「ソ、ソウデスネ……」
ルクスがまた前を歩き出し、ロゼッタはどうにか声を絞り出す。
そうして精霊たちがやれやれと溜息をつく中、二人はまた気まずい雰囲気のままダンジョンの奥地へと向かっていった。





