第59話 姿を消す魔導具
生徒会長シーベルトを追ってルクスとロゼッタが辿り着いたのは、とあるダンジョンの入り口だった。
八大精霊ダンジョン、《ジンの風穴洞》――。
魔物のみならず、吹き荒れる強風にも行く手を阻まれることで知られる難関ダンジョンだ。
独特の気流が生じることから魔法の制御が困難であり、特に火属性の魔法は発動者も巻き込む可能性があるため使用を控えるべきとリベルタ学園の教本には記載されていた。
洞窟の入り口をじっと見つめているシーベルトから目をそらさず、ルクスはロゼッタに耳打ちする。
「《ジンの風穴洞》か……。普通に攻略しに来たのかな?」
「かもしれませんね。高難易度のダンジョンを選ぶあたり、さすが会長といった感じですが」
ルクスとロゼッタが小さな声で囁き合い、それに続いたのは別の声だった。
「お二人とも」
「む?」
ちょんちょんと肩を突かれ、ルクスが振り返ると姿を現したルーナがいつもの如く無表情で浮かんでいる。
「どした、ルーナ?」
「いえ、念のためお伝えしておこうと。あのシーベルトという人間から感じる気配について」
「そっか。ルーナは精霊の匂いとか分かるんだっけ」
ルクスは初めてルーナと会った時のことを思い出していた。
確かあの時、ルクスから他の精霊の匂いがするとルーナは言っていたと思い出す。
「やはり思った通りです。あの人間からは他の精霊の匂いがします。これまでの情報から考えて、木の精霊ドライアドのものでしょう」
「なるほど。やはり会長はドライアドさんと会ったことがあるということですね。もしかしたら、今も姿を消して傍にいるんでしょうか?」
「そうだと思います。ただ……」
ロゼッタの問いにルーナは少し目を細め、一度言葉を切ってから続ける。
「ただ、感じる気配があまりに微弱です。それに、一緒にいるのだとしたら何のためにそうしているのかが分かりません」
「気配が微弱……。つまり、弱っているということなのでしょうか?」
「何にせよ、もう少し様子を探ってみる必要がありそうだな。……って、あれ?」
ルクスが視線を洞窟の入り口の方へと戻すと、そこにシーベルトはいなかった。
ロゼッタとルーナも少し驚いたような表情を浮かべ、ルクスと同じ方を見やっている。
「やっば、俺たちが注意を逸してる間に中へ入っちゃったか?」
「いいえ。私とノームで見張ってたけど、移動したようには見えなかったわ」
「うむ。というより、突然消えたようじゃったのぅ」
ウンディーネとノームも姿を現し、見ていた状況をルクスたちに伝える。
「姿を消した……? じゃあノームのじっちゃんたち精霊と同じようにってことか。……でもロゼッタ、そんな魔法あったっけ?」
「い、いえ、少なくとも私は知らないですね」
「だよな。気配を抑える魔法なら俺も今使ってるけど、完全に姿を消す魔法なんて聞いたことないぞ」
ルクスは解せないといった様子でノームやルーナに視線を送るが、二人とも同じようだった。
「そういえばあの人間、姿を消す直前に何かを取り出して飲んでたわよ。それのせいなんじゃない?」
「飲んだ後に姿を消した……。ということは、何か魔導具の効果なのかもしれませんね」
「でも、そんなものがあるのか? けっこう何でもできちゃうぞ、それ」
「ですね。何なら私が欲しいくらいです」
「え?」
「ああいえ、何でもないです」
ロゼッタがすまし顔で発した言葉が気になったルクスだったが、今はシーベルトのことかと思い直し思案する。
「姿を消す魔導具か……。まあ、ダンジョンの中に入っていったことには違いないだろうし、後を追うか」
その言葉に皆が頷き、ルクスたち一行は《ジンの風穴洞》の中へと向かうことにした。





