第45話 【SIDE:シエスタ】馳せる想い
「はぁ……」
月明かりの下――。
ルクスの家を後にしたシエスタは宿舎への道を歩いていた。
その後ろには宙を浮かぶルーナが続き、頼りない足取りで歩くシエスタを見下ろしながら声をかける。
「どうしたのですか、シエスタ。溜息をついて」
「いや、ちょっとルクスくんの話を思い出しちゃって……」
シエスタはそう呟くと、また一つ溜息をついた。
――あの後、ルクスが語った話はシエスタにとっては衝撃的な内容だった。
それはシエスタだけではなく、精霊であるルーナにとっても同じだったが……。
《白水晶の遺跡》で起きた黒の瘴気発生事件。
そして、その事件には精霊が関わっているという話。
黒の瘴気の発生には魔界の植物であるイビルローズが絡んでいたことから、植物の精霊であるドライアドなら何かを知っているのではないかということで、今はノームとウンディーネが捜索にあたっていると。
ルクスがシエスタたちに語ったのはそういう内容だった。
「そうですね。あの話は私も驚きました。黒の瘴気、それに精霊が絡んでいるとは」
「確かに《白水晶の遺跡》で謎の黒い霧が発生したっていう話は私も学園新聞で読みましたが、まさかそんなことになっているなんて……。あの一件に関わっていたFクラスの生徒っていうのがルクスくんだったことにも驚きですけど」
シエスタは思考を整理するかのように呟きつつ、空に浮かんでいる月を見上げる。
「かつて発生した黒の瘴気を封じたのは私たち精霊です。その精霊の中に黒の瘴気を発生させた者がいるというのはにわかに信じがたいですね」
「でも、ルクスくんが言うには、それに気づいたのは土の精霊さんだったってことですよね?」
「ええ、ノームですね。確かに彼が言うなら信憑性は高いのでしょうが」
「何か、気になることが?」
「もし仮に精霊が関わっているとしても、誰かが干渉している可能性もあるかな、と」
「えっ? それって、精霊さんが誰かに操られたりしているということですか?」
「あくまで可能性の話です。もちろん、的外れな仮説かもしれません。現段階では断定するには情報不足ですから」
ルーナが無表情なのは相変わらずで、声に抑揚がないのもいつも通りだ。
それでもシエスタは、ルーナの真剣な様子を感じ取っていた。
「まあ、今は考えても答えは出ませんね。あの少年曰く、ノームとウンディーネもじきに戻ってくるようですし、今はそれを待ちましょう」
「……そうですね」
「心配ですか、シエスタ? 確かに人間たちを脅かす黒の瘴気が発生したと聞けば不安ですよね」
「え、うん。それもあるんですが」
「……?」
「自分の仲間が何かよく分からないことに巻き込まれているって、ショックだろうなって。……あの、私にもできることがあったら言ってくださいね。さっきルクスくんも言っていましたけど、私たちにできることがあるなら何でも協力しますから」
こぶしを握りながら言ったシエスタを、ルーナはじっと見つめる。
その懸命な様子を見て、ルーナは僅かに口の端を上げていた。
「シエスタ。貴方はやはり優しい子ですね」
「え?」
「いえ、こちらの話です。とりあえず今は他の精霊たちの帰還待ちですね。黒の瘴気の問題は絶対に解決しなければなりませんから」
ルーナは決意のこもった声で呟き、シエスタの頭上をくるりと旋回する。
そうして二人で宿舎へと向かっていたところ、シエスタが不意にこれまで歩いてきた道を振り返った。
正確には、ルクスの家がある方を向いて。
「それにしても、ルクスくんってやっぱり凄い人だったんですね」
「そうですね。授業でも姿を消して見ていましたが、素晴らしい動きでした。あれならダンジョンの最下層を踏破したというのも頷けます」
「うん。それに……」
「……?」
「それに、あの授業の最中、私にかけてくれた言葉も嬉しかったです。ずっと、周りの人からはお姉様と比較されることが多かったのに」
「あの出会った夜もそれで泣いていましたからね」
「も、もうっ。ルーナさん、あれは忘れてくださいよぅ……」
「いいえ、忘れるわけにはいきません。あれはシエスタとの大切な出会いの夜のことですから」
「その言い方、ずるいです……」
シエスタがころころと表情を変える様が面白くて、ルーナはご満悦な様子だった。
まあでも、確かにシエスタにとってはルクスの言葉は新鮮だったのだろうなと、ルーナは思い浮かべる。
突出した魔法の腕を持つ姉とその妹。
リベルタ学園でも最底辺のFクラスに所属する生徒。
そういった世間一般の見方にとらわれず、あのルクスという少年はシエスタのことを見ているのだと。
それに、見たところルクスがシエスタにかけた言葉は本心から発せられたもののようだった。
人というのはどうしても決まった枠で他人を見てしまうところがある。
その枠を取り払うことは、簡単なようでいて難しいものであることをルーナは知っていた。
(良かったですね、シエスタ。そういう風に自分を見てくれる人が現れて)
そんなことを考えながら、ルーナはまた少し嬉しそうにシエスタを見下ろしていた。





