第37話 ダンジョン攻略実践授業に向けて
「おーし。それじゃ今日の授業を始めんぞ」
リベルタ学園、Fクラス――。
ダンジョンを攻略するための教育を進めながら、ダンジョンを攻略することによって得られる恩恵――魔法習得を元に優秀な人材の育成・輩出を行うための学園。
その学園の中でも最底辺の実力を持つ者たちが所属するとされるクラス。
それが、ルクスも所属するこのFクラスである。
(ノームのじっちゃんとウンディーネ、今頃は木の精霊ダンジョンに着いた頃かな。早く戻ってきてくれるといいけど。ウンディーネとはまだあんまり話せてないし、もっと色んな話をしてみたいなぁ)
今朝方見送ったばかりの精霊たちのことに思いを巡らせながら、ルクスは窓の外に視線を向けている。
そこには広大と評してもあり余るほどに広いリベルタ学園の敷地と、ルクスもよく訪れるダンジョン群があった。
「まずは教本の128ページを開けー。そこの頭から、そうだな……シエスタ、読んでくれ」
「は、はいっ! えっと、各ダンジョンの節目となる階層には魔法陣が設置されており、しょこ……そこには精霊の力が宿るというしぇつ……説がある」
「おーい、シエスタ。そんなに慌てなくても良いから落ち着いて読んでくれ」
「あぅ……。すみません……」
シエスタと呼ばれた女子生徒が慌てふためきながら、そして激しく噛みながら文章を読み終えたところ、オリオールの苦笑交じりの指摘が入り、クラスが笑いに包まれる。
当のシエスタは恥ずかしさのあまりか、教本で顔を覆い隠し赤面していた。
いつも通りの授業風景の中にあって、ルクスは教本に描かれていたあるものを見つける。
それは伝説の精霊の姿を表した空想上の絵であり、教本には「八大精霊ダンジョンと称される場所の奥地には精霊が住まうとされる。これらの精霊と会うことができた者は、大いなる祝福を受けるであろう」などと書かれていた。
(お、ノームのじっちゃんやウンディーネもいる。はは、どっちもよく似てるなぁ。今度会った時に見せてやろ)
一人だけそんな場違いなことを考え、ルクスはケラケラと笑いながら教本に目を落としていた。
***
「おし、それじゃ今日の午前の授業はここまでだ」
オリオールが教壇の上で教本を閉じると、Fクラスの生徒たちもそれに倣ってパタパタと教本を閉じていく。
ルクスもまた教本を閉じ、大きく伸びをしたところ、後ろからちょんちょんと背中を突かれた。
ルクスと同じFクラスの生徒、コランである。
コランは小太りの体を小さく丸めて、ルクスにだけ聞こえる声で囁いてきた。
「ルクス君、今日の昼休みはどうするの? またダンジョンに行くの?」
「うーむ、そうだな。どうしようかな」
「あ、ロゼッタさんとお昼一緒に食べるならそっちを優先していいからね。僕のことは構わず」
朝の一件もあってか、コランはそのように言葉を続ける。
それにルクスが答えようとして、まだ教壇の向こうに残っていたオリオールから声がかかった。
「あー、一つ伝え忘れてた。今日の午後の授業からなんだが、実践授業を行おうと思う」
「え?」
オリオールの発した言葉に、Fクラスの生徒たち全員が反応する。
生徒たちからの視線が集まる中、オリオールは教本でトントンと肩を叩きながらニヤリと笑って続けた。
「座学ばっかりじゃお前らも飽きてきただろ。そろそろ今学期も終盤だ。授業でダンジョン攻略も進めていかねえとな」
「おお、授業でもダンジョン攻略が!」
「いよいよって感じだな」
「で、でも先生、急じゃないっすか?」
「そうですよ。それに、ダンジョンの中には魔物も出るんでしょ?」
「いきなりめっちゃ強い魔物が出てきたらこわ~い」
Fクラスの生徒たちからはそんな声が上がり、オリオールはやれやれと溜息をつく。
「安心しなって。もちろん引率で俺も付いていくからよ。それに、今回入るのは初級ダンジョンだ。今はFクラスのお前たちでも、こういうところで頑張ればクラス昇級も狙えるんだぞ?」
オリオールはそのようになだめたが、生徒たちの中には臆する声を上げる者も多いようだ。
隣の席の生徒と不安げに語る者や、慌てて教本を開いて復習しようとする者、興奮して気合を入れる者など様々だった。
そんな浮足立つクラスの中にあって、ルクスは興奮した様子でコランに話しかける。
「おお、授業でダンジョン攻略か。それは楽しみだな」
「はは……。ルクス君にとっては物足りないかもだけどね。何と言っても最難関ダンジョンをどんどん攻略しているくらいだし」
「それでもダンジョン攻略は良いものさ。初級ダンジョンだって色々と新しい発見もあるし。ああ、早く午後にならないかな」
「……ほんとルクス君って純粋だよね」
ルクスのダンジョン愛が漏れ出し、一方でコランは溜息をつく。
そうして様々な声が上がる中、オリオールが何やら紙の束を取り出して掲げた。
「でだ、ダンジョンに入る前にお前らの実力もある程度知っとかにゃならなくてな。この紙に今現在使える魔法を書いて提出してくれ」
オリオールはそう言って、Fクラスの生徒たちに用紙を配布していく。
その紙をルクスもまた受け取り、どうしたものかと腕を組んだ。
(使える魔法か。まともに書いたら書ききれん……。ま、変に注目を浴びるのも嫌だし、《火球の礫》とだけ書いとこ)
ルクスはそのように考え、初級魔法の一つを適当に選んで書き込む。
そしてその紙をオリオールに提出し、午後から始まるダンジョン攻略実戦授業に思いを馳せていた。





