第33話 精霊ノームが語る世界の真実、そして――
「あの魔物と黒の瘴気が、精霊の仕業……?」
ノームの言葉を聞いたルクスが思わず声を上げる。
「うむ。イビルローズがいた場所で儂が感じたのは、確かに精霊が扱う魔力の痕跡じゃった」
「それでは、あのイビルローズは偶然発生したものではなく、精霊が関わっていたということですか?」
「うむ。そう考えるのが自然なんじゃろうが……」
ロゼッタの問いに、ノームは思案顔になって俯く。
ノームの話によれば、黒の瘴気は既に沈静化されていて問題はないらしい。
しかし、懸念点もまたあったとのことだ。
それが、ノームの語った精霊の痕跡である。
黒の瘴気が有害であることは、先日の一件から見ても明らかだ。
ルクスがイビルローズを倒したことで発生は収まったものの、もしそれが続いていたらダンジョン内に留まらず被害が拡大していた恐れもある。
ノームの言葉を解釈すれば、その脅威に精霊が関わっていたと、そういうことだ。
「でもさ、精霊ってみんないいヤツだと思ってたけど違うのか? もしノームのじっちゃんが言うことが真実なら、精霊が俺たち人間に害のある気体を発生させていたってことになっちゃうよな?」
「それは私も思いました。ノームさんのように友好的な精霊さんばかりではないということなのでしょうか?」
「いや、確かに精霊はクセの強い奴らばかりじゃが、あんな人に害を及ぼすような行動を取る者がいるとは考えられん」
「それなのに、イビルローズの発生には精霊さんが関わっていた可能性が高い、と?」
ロゼッタの問いかけにノームは真剣な表情で頷く。
「だったら何で……あ、ノームのじっちゃんって500年近く寝てたんだよな? その間に何かあったとか?」
「それは分からん。しかし、そうだとしても腑に落ちないことがある」
「腑に落ちないこと?」
「うむ。いかなる理由があったにせよ、精霊の中にあのような悪事を行う者がいるというのは考えにくいのだ」
「そう思う理由をお聞きしても?」
ノームは宙に浮いた状態でルクスとロゼッタを交互に見やる。
そして、真剣な表情で口を開いた。
「儂があのイビルローズという魔物を見た時、『魔界の植物』と呼んだのは覚えておるな?」
「ああ、確かそんなこと言ってたな。でも、魔界って一体何なんだ?」
「お主らがダンジョンと呼んでいる場所。その更に奥深くに存在する地下空間のことじゃ」
「え……?」
「魔界には、先日の比ではない量の瘴気が充満しておる。そして、それらを封じ込めるために……いや、逃れるために作られたのがこの大地なんじゃ」
ルクスとロゼッタは咄嗟に言葉が出てこない。
それほどに、ノームの語った言葉は衝撃的なものだった。
「え、えっと……。正直話が唐突すぎてすぐに理解が追いつかないのですが……」
「つまり、俺たちが今いるところのずっと地下深くにはもう一つの世界が存在してるってこと? そこにはあの黒い瘴気が満ちていると?」
「そういう解釈で概ね間違いではない」
「マジかよ……」
「儂もな、この話をするかは悩んだんじゃが、あの現象を目の当たりにした以上、伏せておくのも適切ではないと思ってな。それに、お主らなら受け入れられると思ったんじゃ」
ノームはルクスとロゼッタの二人を見ながら、僅かに口の端を上げてみせた。
「要するに、俺たちが今いるこの大地は瘴気が満ちた魔界に対しての蓋みたいなもんか?」
「ふむ。そう捉えると分かりやすいかの」
「そういうことですか……。つまりその蓋を作ったのが……」
「そう。儂ら精霊ということじゃ」
「はぁ……。精霊って凄いんだな……」
ルクスが息をついて感嘆の声を漏らす。
一方でロゼッタは顎に手を当てて考え込み、合点がいったかのように目を見開いた。
「なるほど。魔界の瘴気から逃れるためにこの大地を作ってくれた精霊さんたちが、瘴気を発生させようとするなんておかしな話ですね」
「そういうことじゃ。恐らく、元々魔界の植物であるイビルローズがあの場所に置かれたことで瘴気が発生していたんじゃろうが、そんなことを精霊がしていたというのはどうも、な……」
「ふーむ。確かにそれは変だな」
ルクスはノームやロゼッタと一緒になって考え込む。
が、現時点で結論は出せなかったため、ルクスはある提案をノームに投げかけた。
「なあ、ノームのじっちゃん。それならさ、他の精霊に会いにいってみようぜ。直接話を聞けば何か分かるんじゃないか?」
「確かにそれは名案ですね、師匠」
「うむ、そうじゃの。儂もそれが良いと思っておった」
「だろ? それなら明日から早速――」
「しかし、問題がいくつかあるのぅ」
「問題?」
「まず、他の精霊たちがどこにいるかは儂にも分からんということじゃ」
「ノームのじっちゃんみたいに八大精霊ダンジョンの一番下にいるんじゃないの?」
「だと良いんじゃがな。しかし、仮にそうだとしても相当な深さじゃぞ?」
「大丈夫ですよ、ノームさん。師匠は一度200階層まで攻略しているんですから。きっと他の八大精霊ダンジョンも攻略できるはずです」
「む……。確かにそうか」
ノームが顎に手をやって、小さく唸る。
それをルクスとロゼッタは提案が了承されたと受け取り、計画を立て始めた。
「となるとどこから行くか、だな。ロゼッタも俺も第10層までは攻略しているし、《ウンディーネの大氷窟》あたりか?」
「それが良いかもですね、師匠。第10層より下に行く道もあるでしょううし、それを見つけられれば、水の精霊さんにだって会え――」
「その必要はないわ」
「「え……?」」
ルクスとロゼッタが言葉を交わしていたところ、どこからか澄んだ声が聞こえてくる。
「その声は……もしや」
ぷかぷかと宙に浮いていたノームが、はっとしてそんな声を呟いた。
そして――。
「水の精霊に会いたいならわざわざ地下に潜る必要はないわ。だって、ここにいるもの」
再び澄んだ声が響いて、ルクスとロゼッタは風が鳴るような音を耳にする。
そこに姿を現したのはノームと同じくらいの大きさの、魔女帽子を被った可憐な少女だった。
「初めまして人間たち。水の精霊、ウンディーネよ――」





