第32話 精霊の帰還
「あ、ノームのじっちゃん」
ルクスとロゼッタが放課後のダンジョン探索を終え、共に夕食をとった後で。
紅茶を飲んでいた二人の前に、精霊ノームが姿を現した。
ノームはふわふわと宙に浮いており、どこか疲れた表情を浮かべている。
調べたいことがあると言ってノームが出ていったのが二日前のこと。
《白水晶の遺跡》で黒の霧が噴出した一件について、調査をするためとのことだった。
「戻ってくるの遅かったな。てっきりその日の内に戻ってくると思ってたのに」
「いやー、すまんすまん。色々と気になることがあってのぅ。お、ロゼッタも一緒じゃったか」
「こんにちはノームさん。お邪魔しています」
「ほっほ。ここは別に儂の家じゃないがな」
ちなみに何故ロゼッタがここにいるのかというと、放課後のダンジョン探索の際に魔物の肉などをいくつか手に入れたためだ。
要するに「せっかく美味しそうなものが手に入ったんですから、一緒にご飯を食べましょう!」という口実を、ロゼッタは得たわけである。
二人でダンジョンから家に戻り、ロゼッタが密かに練習していた料理をルクスに振る舞い、ルクスが舌鼓を打って、ロゼッタはその反応に内心ガッツポーズをして、食後の紅茶に二人で口を付けて……。
そして今に至る。
その状況を何となく察したノームが「いいのぅ、青春じゃのう」と呟いたが、その声が二人に届くことはなかった。
「そういえばノームさんは黒の瘴気について調べに出かけていたんですよね? 何か分かったんですか?」
「うむ、それなんじゃがのぅ……」
ノームは白い顎髭を撫でながら思案顔になる。
そしてふと、あることに気づいてロゼッタに視線を送った。
「少し、大切な話を二人にしようと思う……のじゃが」
「……? ノームさん、何か?」
「ロゼッタよ。お主、今日はここに泊まっていくことはできんのか?」
「えっ?」
ノームの言葉に、ロゼッタは目を見開く。
ここ、というのはもちろんルクスの家だ。
突然のことに驚き、ロゼッタは自然とルクスの方を見やる。
「あー、確かにもう遅い時間だしな。これから話を聞くとなると……。そうだな。ロゼッタ、今日は泊まっていったら?」
「ふぇっ!?」
その提案にロゼッタはますます狼狽することになった。
視線を落とし、自分の銀髪をくるくると弄りながら、か細い声を絞り出す。
「え、えと……。あの、その、師匠さえ良ければ……」
「よし、じゃあ決まりだな」
ルクスが無邪気な笑顔で指をパチンと鳴らしていたが、ロゼッタはそれどころではなかった。
(師匠のお家にお泊り……! ノームさん、ナイスすぎます……!)
「……」
そんな二人を見ていたノームはやれやれと、深い溜息をついたのだった。
***
「さて、それじゃどこから話すかのぅ」
先程までとは打って変わって、厳かな声でノームが呟く。
寝間着に着替えたルクスとロゼッタは並んで椅子に腰掛け、ノームの話に耳を傾けていた。
ちなみにロゼッタが着ている寝間着はルクスが貸したものであり、若干ブカブカだ。
ロゼッタがそれを着た時に慌てふためいていたのは言うまでもない。
「そうじゃな。まずはこれを話しておいた方がいいじゃろう。お主らが倒したイビルローズという植物について、覚えておるな?」
「ああ、もちろん」
ルクスは言って、二日前にロゼッタと二人で向かった《白水晶の遺跡》、その最奥部で出くわした魔物のことを思い出す。
「あのイビルローズがいた場所……というか黒の瘴気の発生源にな、行ってきたんじゃ。そこで、儂はある痕跡を見つけた」
「痕跡、ですか?」
「うむ。精霊が魔力を使った痕跡じゃ」
「精霊が魔力を使った痕跡?」
ロゼッタがオウム返しに呟いた言葉にノームははっきりと頷き、言葉を続けた。
「――つまり、あのイビルローズの出現と黒の瘴気の発生は、儂と同じ精霊の仕業である可能性が高い」





