第22話 少年は救助に向かう
【白水晶の遺跡:第1階層入り口付近】
ルクスたちが初級ダンジョン《白水晶の遺跡》に到着すると、そこは混乱状態にあった。
ダンジョン内からは謎の黒い靄が溢れ出し、入り口には座り込んだ生徒が多数。
皆が意識朦朧としているようで、荒い呼吸を繰り返していた。
「やはりこれは《黒の瘴気》じゃな……」
「ノームのじっちゃん、さっきも叫んでたよな。黒の瘴気って何なんだ?」
「ただの靄、というわけではなさそうですよね」
ルクスとロゼッタが問いかけ、ノームは険しい顔を浮かべる。
「端的に言えば、毒の霧じゃ」
「毒の霧?」
「うむ。かつて――いや、それは今いいじゃろう」
「……?」
「とにかく、人間には有害な霧じゃ。大量に吸い込みでもせん限り命に別状はなかろうが」
「そっか……。とりあえず今は生徒たちの対処が先決だな」
ルクスが言って、ロゼッタと頷き合う。
ロゼッタは比較的症状が軽そうな男子生徒に駆け寄り、肩を叩いた。
「もし。貴方、大丈夫ですか?」
「う……ぁ……? ろ、ロゼッタ副会長……」
「すみませんが、状況を教えてください。何があったのですか?」
「分か、らない……。ダンジョンの奥から、突然黒い靄が吹き出してきて……。ここにはいないはずの魔物も、たくさん……。それで、たまらずここまで逃げてきたんだ」
「そうですか。他の方たちも?」
ロゼッタの問いに男子生徒は首を縦に動かす。
肯定、ということだ。
「もう一つ教えてください。中にまだ他の生徒がいるか分かりますか?」
「それ、は……」
男子生徒は辛そうに首を動かし、辺りにいた生徒たちを見回した。
「確か、金髪の男女がオレたちよりも先に歩いていた……。逃げる途中でも、すれ違っていない。ここにも、いない」
「ということは……」
ロゼッタは振り返り、ルクスと視線を合わせる。
つまり、瘴気溢れるダンジョンの中に少なくとも二人の生徒がいるということだ。
ロゼッタは答えてくれた生徒に礼を言い、安静にさせるため横に寝かせた。
「じゃあ、助けに行かないとだな」
「そうですね。……でも師匠、この瘴気の中に入ったら私たちも無事でいられないのでは?」
「ふむ。そういうことなら儂に任せておけ。二人分くらいなら瘴気を無効化する結界を張ってやるわい」
「おお! ノームのじっちゃん、そんなことできるのか!」
「まあ、こういうことは初めてじゃないしのぅ」
「……?」
ノームの言葉にルクスは疑問を抱いたが、今は聞くべき時ではないだろう。
ここにいる生徒たちの対処も必要だ。
ノーム曰く、大量に吸い込んでいなければ命に別状はないとのことだったが、看過はできない。
と、その時――。
「ルクスくーん!」
手を振りながら駆け寄ってくる生徒がいた。
ルクスと同じFクラスの生徒、コランである。
「コラン! どうしてここに?」
「休日だし、ここでしか採れない石を採掘しに来たんだけど。近くまで来たら様子がおかしかったから。一体何があったの?」
「ああ。実は――」
ルクスは息をきらしていたコランに掻い摘んで事情を説明していく。
コランは目を見開き、しかし意志のこもった目で言った。
「それじゃあ、ここにいるみんなは僕に任せて」
「いいのか、コラン?」
「うん。それくらいはしたいからね。生徒たちを安全な場所まで運んで、それから先生たちを呼んでくるよ」
「助かる。じゃあ俺たちは遺跡の中に、だな」
「……ところでルクス君。さっきから気になってたんだけど、その小さいおじいさんは?」
コランが宙に浮かんでいたノームをちらちらと見やりながら尋ねてくる。
「はは……。まあ、それは後々ということで」
「う、うん」
そうして、入り口付近にいた生徒たちをコランに任せ、ルクスとロゼッタは、ノームと共に遺跡の中に取り残された生徒たちの救出へと向かうことにした。
***
「大丈夫? もう少ししたら先生を呼んでくるからね?」
「う……。すまない」
ルクスたちを見送り、コランはすぐに行動を開始していた。
生徒を一人ひとり担いで、黒の瘴気が溢れるダンジョンから離れた場所へと移動させている。
「なあ、アンタ……」
「うん?」
コランの背におぶさっていた生徒が、か細い声で問いかけてきた。
「さっきロゼッタ副会長と一緒にいた男……。アンタと同じFクラスの生徒だよな? そんな奴があの中に入って行って大丈夫なのか?」
「あー、うん」
コランは事情を知らない生徒にどう答えたものかと逡巡したが、はっきりと告げることにする。
「大丈夫。ルクス君は僕と違ってすごく強いんだから。きっと中に残った人も助け出してくれるよ」
そう口にしたコランの声は、ルクスに対する信頼感で満ちていた。





