第21話 ロゼッタと二人、《白水晶の遺跡》へ
「ほっほっほ。久しぶりじゃの、ルクスよ」
「いや、昨日会ったばっかりじゃんか。というか、何でノームのじっちゃんがここにいるんだ?」
ルクスは突然現れた精霊ノームに対し、疑問の声を投げかける。
ノームは200階層の最奥部で出会った時と同じく、宙に浮きながら愉快そうに笑っていた。
「え、ええと? 師匠、これは一体?」
「よろしくお嬢さん。儂は精霊ノームじゃ」
「ええっ!?」
ノームがさらりと言った言葉にロゼッタは目を見開く。
それはそうだろうなと、ルクスは二人を見やりながら溜息をついた。
「え? 本当に精霊さん? 師匠、何でお家に精霊さんがいるんですか?」
「それは俺にも分からん……。なあ、ノームのじっちゃん。何でいるんだ? いや、また会えて嬉しいんだけどさ」
「面白そうだから付いてきたんじゃ」
「おおぅ、単純……」
鼻を鳴らして言ったノームに、ルクスはがくりと肩を落とす。
しかし、いつも好奇心で行動しているルクスのこと。
ノームのその気持ちは分かる気がした。
「でも、どこにいたんだ? 全然気づかなかったぞ」
「ふふふ。精霊じゃからの。姿を消すくらいわけないわい」
「なるほどなぁ」
「本当はもう少し後で驚かすつもりだったんじゃがな。お主らが洞窟に行ったら無駄足になると思ったんじゃ」
昨日話した印象からもお茶目なところがあるとルクスは思っていたが、なかなかにいたずら好きな性格らしい。
ノームは満足げに笑って白い髭を擦っていた。
「お髭が素敵なおじいさん。ノームと仰っていましたよね。ということは土の精霊さんですか?」
「その通りじゃ」
「ああ……。本当に精霊さんと会えるなんて、感激です」
胸の前で手を合わせ、恍惚とした表情を浮かべるロゼッタ。
が、ロゼッタは切り替えるように咳払いを挟むと、真剣な顔になる。
リベルタ学園の女子生徒の間で話題の、ある噂を聞くためである。
「の、ノームさん。一つお聞きしたいことが」
「ん? なんじゃ?」
「あの、精霊さんに会うと願いが叶うと聞いたんですが、本当ですか――?」
***
「くくく。さっきのロゼッタ、面白かったなぁ。いきなり願いは叶えられますかって。そりゃさすがにノームのじっちゃんでも無理だろう」
「うぅ、そうですよね……。そうだとは思っていたんですが……」
「ご期待に沿えずですまんのぅ。ちなみに、一体どんな願いをするつもりだったんじゃ?」
「いっ、いえ、その。単に噂が気になっただけで……」
家を出て、二人と一匹が森の中を進んでいた。
ルクスが先程の話を掘り返し、ロゼッタが恥ずかしそうに頬を染めて。
そしてノームはロゼッタの様子から何かを察したのか「なるほどのぅ。若いのぅ」と呟いていた。
一行はそんなやり取りを交わしながら、木漏れ日落ちる道をゆっくりと歩いている。
当初は《ノームの洞窟》に行って精霊と会おうという話も出ていたが、既に目的を達成してしまったため、元の予定通りルクスお勧めのダンジョンへと向かうことにしたのだ。
「まあまあ、ロゼッタ。そう気を落とすなって。きっとこの後のダンジョンに行ったら元気出るから」
「あ、ありがとうございます師匠。そういえば、どこのダンジョンなんですか? 師匠がお気に入りのダンジョンというのは」
「《白水晶の遺跡》って呼ばれてる場所なんだけど、知ってる?」
「白水晶……。ああ、その、学園の教本で見たことありますね。確か、魔法陣も無い初級のダンジョンだとか」
「そ。だから盲点だったんだけどさ、この前ふらっと入ったらそこにある水晶が綺麗なのなんの。特に第10層の景色が凄くてな。だからロゼッタもきっと気に入ると思うぞ」
「なるほど。それは楽しみですね」
ロゼッタはにっこりと微笑んで返したが、内心では歓喜していた。
(すみません師匠、嘘です! 《白水晶の遺跡》って私聞いたことあります! というかそれ、思いっきりデートスポットです! 異性と行くと結ばれるってクラスの女子たちが話していました!)
ロゼッタは早鐘を打っている心臓を抑えようと、ルクスに分からないよう深呼吸を繰り返す。
出現する魔物もほとんどおらず、学園の中では超低級と位置づけられるダンジョンなだけに危険など無い。
きっと今日は楽しい一日になるだろうと。
そう、思っていた――。
「さて、もうそろそろ見えてくるぞ」
森を抜ける頃、ルクスがそう言って前方を指差す。
そこには古い石造りの建造物があり、ところどころが崩れ落ちている。
まさに遺跡といった感じの外見だった。
「……? 師匠、入り口のところ、何か様子が変じゃありませんか?」
「ほんとだ。あれは学園の生徒かな?」
「確かに妙じゃの。何人か地面に座り込んでおる」
何やら不穏な空気を察知し、ルクスとロゼッタ、ノームは互いに頷き合うと、遺跡の入り口に向けて駆け出した。
遺跡の入り口まで来て、ルクスは思わず目を見開く。
「な、何だこれ……!? 遺跡の中から黒い靄が……!」
それは明らかに異様な光景だった。
ルクスの言った通り《白水晶の遺跡》からは黒い靄が溢れ出し、入り口付近にいた生徒たちはゼエゼエと荒い呼吸を繰り返していた。
入り口付近にあった水晶も、靄に染められたかのようにドス黒く変色している。
そして――。
「こ、これは、まさか《黒の瘴気》か――!?」
ルクスの背後でノームが声を上げたのだった。





