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「フルール…?」
「はっ」
「どうしたの?王太子殿下はフルールの…何?」
「えっ、あ」
お兄様に声をかけられて意識がこちらに戻ってきた。駄目だ、婚約者だなんて言ったらわたくしが記憶持ちであることがお兄様にバレてしまう。
直感だが、お兄様にはバレない方がいいと思う。バレた途端、とんでもない所業に出てくる気がするのだ。だって…どんなに、どんなに麗しくて、どんなにいい香りがして、どんなに微笑み一つで女性を堕とすようなすんばらしい美青年でも、相手は王国を簡単に滅ぼすような狂人だ。そして実の妹、つまりわたくしに懸想しているような変態なのだ。
危ない。非常に危ない。ここは、なんとか誤魔化さなければ。
「ふふっ、王太子殿下はわたくしの、幼い頃からの憧れの人ですもの」
「…そうだったの?フルールが殿下に憧れてるなんて、聞いたことなかったけど…」
「そりゃあ、今初めて言いましたもの。ふふ、だって、王族の、それもわたくしと同い年の方ですのよ?王家に忠誠を誓う者として、憧れるのは当然のことですわ」
「…憧れ?運命の人じゃなくて?」
「はい。運命の人というのは、その…ちょっとした誇張表現と言いますか。ほら、よくあるじゃありませんか。好きな舞台役者のことを、『あの方はわたくしの運命です』って、すごい熱量で応援する方がおりますでしょう?わたくしも、あんな意味合いで言いましたのよ。…もしかしてお兄様、わたくしが王太子殿下に恋をしているとでもお思いになられましたの?」
「…それは…じゃあ、殿下のことは何とも思ってないんだね?」
「ええ。そもそもお会いしたことがございませんもの。そのような方に恋情を抱けという方が無理がございますし、わたくしなんかがそのような気持ちを抱くのも烏滸がましいですわ」
「…そっか。うん、それならいいんだ」
「ええ」
ニコッと微笑むと、お兄様は微笑み返してそのまま頭を撫でてくれた。
…どうやら誤魔化せたみたいだ。今すぐにも安堵の溜息を吐き出したいが、ここにはお兄様がいるのでぐっと我慢。その代わり、姿勢を崩してリラックスするためお兄様の腕にもたれ掛かった。そのまま抱き締められお兄様の胸に頭を預ける形になったが、まあ、この方が顔も見られないためいいだろう。
さっき同時に思い出した今世でのお兄様とのあれやこれやが恥ずかしすぎて、顔が真っ赤になってしまったのだ。駄目だ、これはまた後で整理しよう。
「…フルール」
「はい、何でしょう」
「尊い君が王太子殿下なんかに心を奪われるなんて、そんなことは絶対に許せないとは思うんだけどね」
「…なんかって…お兄様、王太子殿下の方がずっと尊いお方ですわ」
「私にとってはフルールのがずっと尊いんだよ。というか、この世でフルールが一番尊い」
「お兄様…」
また話し出したと思ったら、お兄様ったらまたとんでもないことを言い始めた。いえ、確かにお兄様にとってはそうなのかもしれませんね。何しろわたくしのために国一つ滅ぼしましたし。とっても説得力のあるお言葉ですわ、ええ。
思わず半目で見上げると、お兄様は含みなく楽しそうに笑った。
「ふふ、まあ聞いて。あんな王太子、フルールが心を砕くどころかその視界に入れる価値すらないから、当然フルールの心を奪ったってなったら私は君を安全なところに大事に閉じ込めなくちゃならないんだけどさ。きっと、私の可愛いフルールはそんな愚かなことにはならないでしょう?」
「…ええ、もちろんですわ」
どうしよう、本当にこの人はわたくしと同じ世界に生きて同じ言語を話しているのだろうか?流れている血まで同じはずなのに、全くと言っていいほど内容が理解できない。いや、脳が理解するのを拒否していると言った方がいいのだろうか。
だが、ここで否定するのは愚策だ。だからわたくしは、ツッコミたい気持ちを抑え込んで神妙な面持ちで頷いた。お兄様も神妙な顔で頷く。
「でしょ?でも、それだけじゃ正直安心できないんだよね」
「…大丈夫ですわよ?いったい、お兄様は何を心配なさっているのですか?そんなに、わたくしは信用ならないのでしょうか…」
「ああ、違うよフルール。そうじゃないんだ」
そう言うとお兄様は私の頬に手を添えた。首を傾げてわたくしを見つめるお兄様は絶世の美青年で、その憂い顔さえあれば国一つ簡単に堕とせるのではと本気で思う。
そのままお兄様は私の頬を撫でる。
「…私はね、君を見ることで殿下が恋に落ちるんじゃないかって不安なんだ。殿下だけじゃない。学園に通う生徒に教師、皆がきっと君の魅力の虜になる。そうなったら、私は…」
「なっ…何を仰るのですか。お兄様ならともかく、わたくしにそこまでの魅力はございませんわ。どうかご安心なさって?」
確かにわたくしは、外見だけは完璧だけれども。モカも言っていたけれど、外見だけなのよ。お兄様みたいに内側から溢れ出る何かがあるわけでもない。お兄様の心配は本当に杞憂なものなのだ。
だけどお兄様は本気で心配しているようで、その表情は晴れない。
───くっ、お兄様のこの表情の方がよっぽど魔性だわ。実の妹のわたくしですらこれなのよ。これを、そこらの有象無象が見たらどうなるか。美しすぎて倒れるか、我を失って襲い掛かるかのどちらかだと思う。
うーん、お兄様とはあまり関わりたくないというのは本心だけれど、今こんな表情を見せられといて、知りませんって無視するのも実の妹としてあまりに無情だ。何より、わたくしだってお兄様のことを嫌いなわけじゃないのだ。普通にどうにかしてあげたいと思う。
「あ」
「?どうしました?」
どうしようかと考えていると、お兄様が何か思いついたようだった。
「フルール、ちょっとごめんね」
「はい?…って、え!?お、お兄様!?」
この学園の制服はワンピースタイプで、首の後ろをボタンで留める形になっている。だから一人では着られないデザインなのだが、あろうことか、お兄様はそれを外し始めた。
え、ええぇえええ!?ちょ、それはさすがにお兄様でも…!!!
「…ボタン外すだけでだいぶ脱げるな…フルール、絶対に私以外の前でボタンを外したらいけないよ?すぐに襲われてしまう」
「は、外しません!というか、外せませんから!早く、早くボタンを留めてください…!!!」
「涙目で恥ずかしがるフルール、可愛すぎる…はあ。ねえ、なんて恐ろしい子に育ってしまったの?これじゃ、ますます閉じ込めたくなっちゃう…」
こうなっているのも全部お兄様のせいでしょうが…!
そう心の中で罵倒するのも束の間、お兄様の顔が突如肌蹴た頸に埋められた。そこにお兄様の唇が触れて、わたくしはびくっと反応してしまう。
「え、あ、待って…っ」
瞬間、ちくっとした痛みが走る。
「……ん、これでよし」
満足そうに頷くと、お兄様は外したボタンを留めてくれた。いや、これでよしって…、
「…お兄様、いったい何を…?」
「んー、ちょっとした魔除けかな?」
「?」
「さ、ちょうど学園に着いたよ。それじゃフルール、行こっか」
「あ…は、はい」
…いったい、何をなさったんだろう?痛みがあったから、何かなさったことは間違いないのだけど…。ルンルンと聞こえてきそうなくらいご機嫌なお兄様は、詳細をわたくしに教えてくれる気はないらしい。
わたくしは気になったが、聞くのをやめた。お兄様がご機嫌なのはいいことだ。今のうちにさっさと学園に行こう。
馬車のドアが開かれて、お兄様に手を差し出される。その手を取って、わたくしはいよいよ、人生二度目となる入学式に臨むのだった。
ゆうてお兄様も中身残念だと思う…。
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