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「そんなの、いいに決まっていますわー!!!」
学園から帰り自室にて、先ほどのことを思い出したわたくしはゴロンゴロンとベッドで転がりまくっていた。
そんなわたくしを見つめるのは、あいも変わらず無表情で冷たいモカの視線。
「お嬢様、今日はいつにも増して随分とアホさ全開ですね。行動はアホでしかないのに髪も服も乱れて何故かエロスも漂うという摩訶不思議なことになっていますよ」
「うふふ。うふふふふ。モカ、今日のわたくしはご機嫌だから、モカのどんな小言だって華麗に頭をすり抜けさせるわ。ほら、もう貴女が何を言ったか覚えていないもの!」
「それはいつもです」
ふふ、なんとでもおっしゃい。わたくしが何故こんなにも王太子の言葉に浮かれているのか。それはあの言葉が、「僕と仲良くしてほしい」という意味だからである。
王太子ともなれば、相手の呼び方など自由だ。一介の公爵令嬢のわたくしに、呼び方の許可など得る必要はない。
仲良くしたいなら勝手に名前で呼べばいいのだ。でも彼は、そこを敢えてわたくしに聞いてきた。
これはつまり、「僕が名前を呼ぶことで僕と貴女が親しいと周囲にバラすようなものだけど、そうなってもいい?」ということである。
前提として、あの王太子は親しくない女性を名前で呼ぶことはまずない。彼が名前を呼ぶ=婚約者またはそれに連なる者と考えていい。
だから今日のあの言葉は、実質「貴女を婚約者候補として扱いたい」と言われたようなものなのだ!これが嬉しくないわけがない!
入学早々、早速婚約者候補にまで上り詰めてしまった。わたくし、なんて罪な女なのかしら…。
ああ、にやけが止まらない。せめてもの抵抗として、ムニュムニュとほっぺたを揉んでおく。
それに、なんと言っても。
「…ねえ、モカ。見て見て」
「はあ。なんですか。何か珍しいもので、も」
契約した精霊は、心の中で呼びかければ自由に呼び出すことができる。
わたくしの前に、可愛い可愛いもふもふが再び現れた。それを見て、モカは硬直する。
…ふふん。
「わたくし、精霊と契約できたのよ!子供の狼なの!可愛いでしょう?」
「…………そうですね。可愛らしいお方ですね」
「ふふっ、そうでしょう?」
なんだか返事までの間が随分空いていたように思うけれど、モカには精霊と契約できなかったことは話しているし、きっととても驚いたのね。
ベッドの上でわたくしはもふもふを堪能すべく、ギュッと首に抱きついた。子供と言ってもわたくしの3分の2くらいの大きさはあるので、余裕で抱きしめられるのだ。
喜んでくれているようで、ペロペロと顔を舐められる。
「んっ、ふふ、擽ったいわ」
「わん!」
「そうだ。折角契約したのだから、名前をつけなきゃいけないわね。そもそもこの子、男の子?女の子?」
「わんわん!」
…うーん、流石に顔じゃわからないわね。やっぱりここは、アレを見るしか…。
「お嬢様、その精霊はオスでございます」
「あら、そうなの?」
「はい。正真正銘オスです。間違いありません」
「…あなた、男の子なの?」
「わん!」
アレを見ようとしたらモカにそう言われたものだから確認してみると、嬉しそうに吠えられた。どうやら男の子らしい。
「凄いわモカ。見ただけでわかるなんて…わたくしも、主人として早く見分けられるようになるわね」
「わぅん!」
「きゃ?!もう、そんな舐めないで?擽ったくてよ?ふふっ、ふふふ」
「………」
「それじゃあ、男の子なら名前は何がいいかしら?どうせならかっこいい感じのがいいわよね。うーん……あ!それじゃあ、ポ」
「お嬢様。それでしたら、エルはいかがでしょうか?」
「エル?」
「わん!わん!」
珍しい。モカがわたくしに尋ねられる前に、自分から案を出すなんて。
でも気に入ったのか、わたくしのもふもふは嬉しそうに尻尾を振っている。
…そうね、エル。いい響きね。
「モカ、凄く素敵な名前ね!それじゃあ、貴方は今日からエルよ。よろしくね、わたくしのエル」
「わんわんっ!」
「も、もうエルったら!わたくしなんて舐めても美味しくなくてよ?」
こうして、わたくしのもふもふの名前はエルに決まった。わたくしが名付けたかった気持ちがないわけではないけれど、生憎わたくしはポチくらいしか思いつかなかったのでモカが出してくれてよかったと思う。
ポチはポチで可愛いと思うのだけど…今度生き物を飼う機会があったら、ぜひポチにしたい。
今日は色んなことがあったせいか、すぐに眠くなってしまった。モカに頼んで早めにお風呂に入ったわたくしは、お兄様を待つ間にいつの間にか寝てしまっていた。
きっと一緒にベッドにいるエルの体温が、温かかったからかもしれない。




