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王太子を見ると、嬉しそうに笑みを浮かべていた。わたくしは言われたことの意味がよくわからなくて、首を傾げる。
「…わたくし、笑っておりませんでしたか?」
「正確には、やっと心から笑ってくれた、かな。本を選んでいる時もそうだったけど、なんだか浮かない表情をしていたから」
「浮かない表情、ですか…」
思わず自分の顔に手を当ててしまう。そんな自覚、全くなかったのだが…そっか、浮かない表情をしていたのか、わたくし。
「…お兄様のおかげで、精霊と契約できなくてもそこまでショックではなかったのですけど…かと言って、何も感じないのかと言われればそういうものでもないので。少しだけ凹んでいたのです。って、お会いしたばかりの殿下にわたくしったら何をお話ししているのでしょう」
ただでさえ初歩中の初歩な質問でお時間を取らせてしまったというのに、こんな個人的なことまで話してしまうとは。
もしかして、これが噂の「面倒くさい女」というものなのかしら…!?
慰めの言葉だけを求めて身もない話をする女性のことを、わたくしはなんて無駄なことをするのかしらと思っていたのだが、よもやわたくし自身がそれをしてしまった。居た堪れず、思わず顔を両手で覆ってしまう。
と、そしたら。
「……ふふ、可愛い」
「…え?」
「いや、なんでもないよ。恥ずかしがる貴女が微笑ましいと思ってね」
「は、はあ…」
「でもそうか。魔法陣が光ったのなら、もしかしたら可能性はあるかもね」
「…えっ」
王太子がわたくしにかける言葉としてはとても不相応な単語が聞こえた気がしたが、気のせいだったらしい。
それよりも、その後聞いた魔法陣の光る光らないについての方が重要だった。なんとその違いは、精霊を呼び出す魔力があるかないからしい。
つまり、前回は光らなかったから契約できる可能性はなかったが、今回は光ったため、わたくしにも精霊と契約できる可能性があるというのだ。
…ということは。
「わ、わたくし、精霊と契約する力がありますの?!」
「光ったということはそういうことだよ。とはいえ精霊との相性もあるから、絶対とは言えないけれど…でも、光ったのなら何度か挑戦してみてもいいんじゃないかな?過去には何度か召喚して成功した魔術師もいるようだし」
「まあ…!」
一気に先が明るくなった。先ほどまで沈んでいた気分が急激に上昇していく。
絶対ではないのはわかっている。前回契約できなかったのだし、今回もその可能性のが高いであろうことも。
でも。
「殿下、ありがとうございますわ!わたくし、また試してみようと思います!」
「元気になったようだね。お役に立てたようでよかった。そうだ、1人で呼び出すのは危険だから、もしよかったら僕もお供するよ」
「え…」
全く可能性がないよりは全然いい。そう思っていたところに更なるぼた餅が棚から落ちてきた。
お近づきになりたいと思っていた王太子自ら近づいてくるなんて、どういうこと?!美味しい、とてつもなく美味しい提案だけれども…!
「そ、そんな。お気持ちは嬉しいですが、さすがにお忙しい殿下に監督役をお願いするわけにはいきませんわ。それに、もし万が一なことが起きたら、それこそ取り返しがつきません」
「僕が見たいんだ。今日だって大したアドバイスはしていないし、どうせならもっと貴女の力になりたいな。側には護衛も控えさせるし、何かあれば貴女ごと守ると誓うよ。…それとも、僕が一緒だと迷惑かな?」
「い、いえ。そういうわけでは…!」
眉を垂らしてそう言われては、ぶんぶんと顔を横に振るしかない。が、あまりにわたくしに美味しすぎる展開に、少々頭が追いつかないのだ。
おかしい。わたくし、女神からは見放されている筈なのに…。
否定したわたくしを見て、王太子は嬉しそうに笑った。
「よかった。それじゃあ、次の木曜日の放課後ここで待っていて。迎えに来るね」
「は、はい」
「それじゃ、またね」
そう言って王太子は去っていった。あっという間に約束を取り付けられてしまったけれど…これ、夢じゃないわよね?
そう思って、恐る恐る自分の頬を引っ張ったのだけど。
「……いひゃい」
ちゃんと痛かった。どうやら現実らしい。わたくし、本当に王太子と約束をしてしまったのだわ…!
と、浮かれかけて気づいた。
「…エリス様、どうしましょう…」
お兄様は迎えに来ないよう言ってあるからいいとして、エリス様は今一緒に帰っている。もう既に面識があるらしい2人だしエリス様ご自身は全く王太子には興味がなさそうだったけど、前回のことがあるから、可能ならなるべくエリス様と王太子を同じ場にいさせたくない。
ど、どうしましょう…。




