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「…200年前、聖女は王家に嫁ぎました。そして、殿下はなぜか未だに婚約者が決まっておりません」

「…ごめんなさい。わたくし、その辺の情報には疎くて…流石に婚約者候補はいらっしゃるのでしょう?」


 外との関わりが薄いわたくしは、外の情勢がどうなっているのか全くと言っていいほど知らない。


 でも、貴族であれば幼少期から婚約者がいるのが普通だ。王太子も、婚約者はいなくても候補くらいはいるだろうとわたくしは考えている。が、エリス様の答えは違った。


「いえ、それがまだ…。貴族ではないので私も詳しいわけではないですが、情勢的になかなか難しいのだと聞きました。それに殿下ご自身も乗り気ではないらしくて、それも相まって決まっていないらしいです」

「…そう。派閥争いが拮抗しているから、決めるに決められないのね。殿下が乗り気ではないことを建前に、候補者も選んでいないというところかしら」

「…はい、だと思います」


 エリス様は神妙に頷いた。わたくしも心を落ち着けるため、給仕を呼んで紅茶を淹れてもらう。


 我が国には二つの大きな派閥がある。が、そのどちらの有力家にも王太子と歳の近い娘がいない。確か、一つは8つ上、もう一つが6つ下が一番歳の近い娘だったと思う。


 なぜこんなにも歳の近い娘がいないのか。それはちょうど王太子が生まれた年から数年にわたり、疫病が流行ったことが関係している。それに加え、作物が不作になり食糧も税も減ってしまったことで、かなりの人数が犠牲になったのだ。それは貴族も例外ではなかった。


 我が国最大の二派閥のどちらも、有力な家では王太子の生誕に合わせて子供を産んでいた。が、不運なことに全員生き残れなかった。まるで何かの呪いではないかと当時は言われていたほど、酷い有様だったらしい。


 そんな中で唯一生き残っていた娘が、名ばかりの公爵家となったロサノワールの娘であるわたくし。王家も二派閥も、喜んでわたくしを婚約者に仕立て上げた。王家は波風を立てずに婚約者を立てられるという理由で、二派閥は自分達の傀儡にできるちょうどいい存在を見つけたという理由で。


 以上が、前回わたくしが王太子の婚約者となった経緯である。


 でも今回は、いったいどんな手を使ったのか、お兄様の策略によりわたくしが婚約者になることはなかった。そのため婚約者は決まらず、それどころか候補者までも定まらないまま現在に至るらしい。


 ───ああ、頭が痛い。


「…フルール様、大丈夫ですか?なんだか顔色が…」

「…大丈夫よ、エリス様。ありがとう」


 さて、ここで先ほどエリス様が言っていた、国の上層部がエリス様を王太子の婚約者にしたがっているのかもという仮説を考えたい。


 今回はいい。王太子には婚約者がいないのだから、聖女をそのまま婚約者にと求めるのはごく自然のことだ。だからそれは納得する。


 でも、それなら前回は?前回エリス様は、やはり王太子の側にいることを半ば義務付けられていた。学園内では一緒に行動し、帰りは王太子と一緒にそのまま登城。途中から城に住み始めて、登校まで一緒にしていた。ということは、前回のそれも上層部が命じたことと考えるのが自然だ。


 ───前回もエリス様は、初めから王太子の婚約者に望まれていたのだろうか。幼い頃から婚約者として決まり、王妃教育まで受けていたわたくしがいながら?


 大方、片方の派閥を出し抜くために聖女を自陣に組み込もうといったところだと思われる。となると、わたくしが何もしなくても、いずれわたくしは婚約者の座から引き摺り下ろされる運命だった?


 …駄目だ、逆行してしまった今となっては真相はわからない。だが、わたくしが考えていたよりも、かなり複雑な理由が絡まってあの処刑は決断された可能性が高い。そして今回も、わたくしが王太子妃を狙うならそれを避けては通れない。


 …そうなると、わたくしはお兄様に捕まるしかないのだろうか。お兄様の伴侶として隣に立ち、いずれは、二人の子供を───……。


「っ、」

「フルール様?やはりお加減がよろしくないのでは…どうします?保健室行きますか?」

「…いいえ、問題ございませんわ」


 想像して、思わず震えてしまった。見えてしまった。お兄様がわたくしを監禁し、それはそれは美しい表情を浮かべている姿が。わたくしに予知能力なんてものはないから、当然ただの想像ではあるのだけど…悲しいかな、この想像は間違っていないという妙な確信があった。


 近親相姦、ダメ絶対。これなら王太子の妃になった方が将来的にわたくしはずっと平和に暮らせる。そのためなら、その間のあれやこれやくらい乗り越えてみせようじゃないか。先ほども思ったが、物事は大局を見るのが大事なのだ。


 わたくしは改めて王太子妃になる決意を固める。そして、これは聞いておかなければとエリス様に一つ質問をする。


「ちなみにエリス様は、どう思っておりますの?殿下の婚約者になることについて」


 エリス様は大事なお友達だ。けれど、彼女自身が王太子の婚約者の座を望むなら、わたくしはエリス様と戦わなければならない。


 そう思ってわたくしは結構覚悟をして聞いたのだけど、エリス様の答えはあっけないものだった。


「え、嫌ですよそんなの。私、殿下の婚約者の座も殿下自身にも全く興味ありませんし。全くもって断固お断りです」

「…本当に?というかエリス様、それは不敬になってしまいますわ」

「あ、いけない、そうですね。でも、嫌なものは嫌なので。だから私、学園内では極力関わらないでくださいって言ってあるんです。本当に婚約者にされたらたまったものじゃないですからね」

「そ、そう…」


 ふふっと笑いながら言うエリス様。前回の記憶がある彼女はてっきり、王太子のことが好きだとばかり思っていたのに…これはどういうことだろうか。エリス様の答えは嬉しいのだが、前回とのちぐはぐさにわたくしは少々混乱してしまう。


 そう考えていた時、予鈴が鳴った。そろそろ教室に向かわなければ。


「次の授業、精霊との契約なので第二ホールに集合でしたよね?すぐそこなので、ゆっくり行きましょう!手ぶらでいいってそのまま行けてラクですね」

「………」


 ───しまった。次の授業、精霊契約の儀式だった!


 避けたかった授業が次の時間だったことに気づき、途端にこの場から動きたくなくなる。極力授業をサボりたくないと以前言ってしまった手前、今更保健室に行きたいというのも憚られる。


 …さっき、断らずに行っておけばよかった。


 がくりと項垂れる。とりあえず、残りの紅茶を飲んでおこう。


 やる気のないわたくしとは対照的にエリス様は鼻歌を歌い、とても楽しそうだった。

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