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「フルール…本当ごめんね」

「…わかってくださればいいんですの。わたくし、本当に悲しかったんです」


 お兄様を自室に招き入れて1時間。結果として、わたくしとお兄様は和解した。和解というか、わたくしが怒るのをやめたと言った方が正しいが。


 半日無視し続けた結果、お兄様は本当にショックを受けられていた。いつものキラキラオーラが半減し、パッと見落ち込んだ仔犬のようだった。これだけでまるでわたくしが悪者かのように罪悪感を抱かせるのだから、まさかこれも計算のうちかと疑ってしまったわたくしは悪くないと思う。


 お兄様を許すにあたり、わたくしは一つ条件をつけた。それは───……、


『…フルール、もう一度言ってくれる?』 

『ですから、下校時はお兄様は迎えに来ないでください。それなら今回のことは許して差し上げますわ』


 下校時、迎えに来ないこと。ちょうどいいから、この機会を利用しようとわたくしは思いついたのだ。我ながらかなりいい案だと思う。


 だがわたくしがそう言うと、お兄様は信じられないとそれはそれは傷ついたお顔をなさった。その表情はまるでこの世の終わりかとも思えるもので…いや、いくらなんでも大袈裟すぎません?


『…どうしてそんなことを言うの?フルールは、私と一緒にいたくない?』

『そうではありませんわ』


 いやそのとおりなんですけども。


『お兄様、お仕事を抜け出していらっしゃるのでしょう?いくらお兄様の部下の方々が優秀であられるからと言って、それはいけないと思いますの』

『…ちゃんと仕事はしているよ?私は要領いいから、仕事自体はすぐ終わらせられるし』

『公爵のお仕事を最低限のお時間でこなして魔術師団のお仕事もするお兄様ですから、さぞかし優秀なのでしょう。でも、そういう問題ではないと思うのです。…お兄様、あの、実はわたくし…』


 わたくしとしてはなんとしてでもこの条件を呑ませたい。わたくしにとって、この場は交渉の場だ。国の重鎮達を相手に何度も交渉をしてきているお兄様を相手するのは、わたくしには正直難しい。


 でも、それでもわたくしはこの交渉に勝てると確信していた。何故なら、


『…わたくし、今までずっと黙っておりましたけど、実はお仕事を頑張っておられるお兄様が、とてもとても大好きなんです』

『え…』

『真剣な眼差し、真剣な表情。部下の皆さんに的確な指示を出す姿はできる殿方という感じがして、普段は見られないそのお姿がそれはそれは素敵で…』

『わかった』


 何故なら、お仕事をしているお兄様が大好きです♡とアピールすれば、わたくしを愛してやまないお兄様が条件を呑まない筈がないからだ!


 予想通り承諾するお兄様にわたくしは内心ガッツポーズする。


『でも、その代わり』

『は、はい?』


 が、それも束の間。お兄様は居住まいを正して、人差し指を立てた。その行動に喜びが去り、わたくしは一気に嫌な予感に襲われる。


『お兄様がお仕事を頑張れるよう、毎日一緒に寝てくれる?』

『な…無理に決まっていますでしょう!?』

『えー』


 わたくしの返答にお兄様は不満げに唇を尖らせている。昔ならいざ知らず、わたくしはもう16歳。お兄様も21歳。一緒に寝るには些か問題がありすぎる年齢である。


 年頃の男女が一緒に寝るのがなぜいけないのか、その理由くらいわたくしもきちんとわかっている。だから余計、お兄様の提案に頷くわけにはいかない。


 意思を見せるようにぶんぶんと首を横に振ると、お兄様は「そっか、フルールも私と寝るのが恥ずかしいお年頃になったのかあ。まあ、それはそれで嬉しいかな」なんて不吉なことを呟いた。そして、また案を出してきた。


『仕方ないな。じゃあ、毎日いってきますのキスをして?今朝もしてくれたし、それならどう?』

『…あ、あれをですか…』

『うん。それができないなら仕事頑張れる気がしないし、フルールを補給しに一緒に下校する』

『………』


 子供か。本当に21歳ですか。というか逆行してきているから精神的にはもっと上ですよね。様々な罵倒が頭の中に浮かんだが、わたくしの今回の議題である「お兄様と一緒に下校しない」という点を考える。


 いってきますのキスをするだけでお兄様との時間が減らせるなら、安いものではないだろうか。それはつまり放課後も自由時間が増えるということなので、王太子妃になるという先々の目標を見ると、この自由時間はかなり大きいと思われる。


 ───大局的に見ることは大事だわ。平和な未来のためなら、いってきますのキスくらいどうってことありませんもの…!やってやりますわ!


 わたくしの答えは決まった。


『…わかりましたわ。お兄様が、それで頑張れるなら』

『ありがとうフルール!それじゃあ、今日のことは許してくれる?』

『ええ。わたくし、本当に悲しかったんですから。お願いですから、今後もああいうことはやめてくださいね?』

『うん。…フルール、本当にごめんね』

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