おそろい
「トリック・オア・トリート!」
と、荻浦さん。わざわざ魔女の仮装して玄関先までやってきた。
魔女の仮装、つまるところフリフリのついたかわいげなローブと、トンガリ三角の魔女帽子。これは星の装飾が散りばめてあって綺麗げだ。で、小ぶりなステッキを携えて完成。
荻浦さん、ハロウィンナイトバージョン、魔女っ娘うーちゃんである。いま命名した。
「いやはや。日曜日なのに精が出るね」
とりあえず、用意しておいた飴玉の包みをくれてやる。トリックは勘弁という意思表示である。
「ありがとう松本さん」さっそく包みを開けて、口に放り込む。「じゃ、お邪魔します」
ずけずけ上がり込んできた。
「トリートしたじゃん」
「飴玉一個で許されると思うな」
ニコニコしながら二階に上がっていく。仕方ないのでついていく。
わたしの部屋の前まで来ると、
「あ、見られてまずいものとかあったら、待つよぜんぜん」
「ないから」
「本当に? えっちなやつとかない?」
「ないから」
でも何かあったらちょっと怖いので先に入る。
えっちなものはないが、ちょっと散らかっていた。広辞苑と六法全書、新明解にオーレックス……
「ちょっと覗いてもいい?」
「なんのために先に入っていると……」
思ってんだ、といいかけながら振り返る。半開きのドアから荻浦さんが覗いている。
「ちょっと」
「見てない! 何も見てない! 薄い本とかちっとも!」
「そりゃ分厚い本しかないですからね」
読める鈍器だ。こいつらを何気なく開いててきとうに眺めているのが休日のぜいたく。
で、一通り片づいたら荻浦さんを通してあげる。いったん座らせといて、あと勝手に箪笥やらをいじらないよういいつけて、飲み物を取りに下へおりる。
紅茶とカップふたつ、それに菓子をいくつかお盆に乗せて戻ったら、案の定というか、箪笥を漁られていた。
「フリかと思って」
「お湯かけるぞ」
もったいないのでかけない。荻浦さんにお湯をかけてやるほどの価値はない。
で、ひとまずのティータイムである。これがここ数年、というか荻浦さんと出会ってからのハロウィンの恒例だ。荻浦さんはイベントごとが好きなので、毎年のように飽きもせず仮装してわたしの家に上がり込み、それから門限までゆっくりしていく。
今年の仮装はオーソドックスに魔女っ娘だったが、これは少々めずらしい。去年までは無茶な衣裳を着てくることが多くて、たとえばミイラ。全身に包帯を巻いて巻いて巻き倒していた。
ほかにはクモ、背中に脚(それも虫ならいいものの、なぜか人間の脚)を数本背負ってきやがったうえに、某クモ男よろしく手から糸が飛び出る仕掛けつきだった。中学生にしては凝ったつくりだったのでやたら感心した覚えがある。
だのに今年は落ち着いて、某驚安の殿堂とかで売ってそうなふつうの衣裳。多少の違和感はあるが、しかし、これが成長というものなのかもしれない。
もうわたしたちは中学三年生。いつまでもハロウィンの仮装に妙なこだわりをもって取り組むような歳ではないのだ。おとなしく、悠々と、静かにハッピーハロウィンすればいいのだ……
「松本さん」
「……なに?」
「実はおそろいの衣装があって」
あー。
そういうことでしたか。
「着ない」
「はい、どうぞ」
「着ないってば」
受け取ってみる。某驚安の殿堂で売られていそうなコスプレセットだ。
荻浦さんの魔女衣裳は黒を基調にしたものだが、こちらは濃い緑。ローブにかぎらず魔女帽子だってあるし、もちろんステッキも完備である。
「どう? かわいいでしょ」
「勘弁してください……」
こういうの、わたしには似合わないのだ。荻浦さんの衣裳だって、荻浦さんみたいにかわいい子が着るから似合うのであって、わたしみたいなのにはハードルがエッフェル塔並みなのだ。
「じゃ、脱ごっか」
「ちょっと」
服を掴まれた。そのまま荻浦さんのほうに引き寄せられて、背中に控えめなふくらみが当たる。びっくりして、思わず突き放してしまう。
「うわっ」と、荻浦さんがちいさく悲鳴。
「あ、ごめん……」
「……」上目遣いで見てくる。「……松本さん?」
「いや、そんな目されても――わかったって、着替えてくるよ」
「ここでいいよ」
「それはいや」
「では、どうぞ」
「だからここでは着替えないから――ってスマホを構えるな変態、盗撮魔、犯罪者!」
「法律なんて怖くない!」
「わたしは荻浦さんが怖いよ……」
全力で部屋から逃げて、とにかく着替えてきた。本当に魔女っ娘衣裳を着るハメになるとは。ただあの目はずるい。ゼロ対ヒャクで向こうが悪いのに、どうしてか罪悪感に襲われた。
部屋の前で、ひとこと「入ります」と宣言してみる。微かに録画開始のピロンなんて音が。
あれ、なぜか緊張してきた。もう一度、自分の姿をかえりみる。先ほどもらった魔女の衣裳、たしかに荻浦さんのと色違いでおそろいみたい。ボタンのかけちがいとかはないはずで、めちゃくちゃに恥ずかしい恰好であること以外、おかしなところはない。
「松本さーん?」
「う、うん、入りまーす」
ドアノブに手をかける。うわ、手汗がやばい。どうしてだろう。よくよく考えてみたら、こんなに追い込まれることじゃないはずで、でも、なんていうか、ううん。
――ちゃんとかわいいって、いってくれるかな、とか。
幻滅されないかなとか。考えてしまっている。
「ええい! 入るぞ!」
ままよ、ということで勢いづけて一気に開ける。で、ステッキを振って、魔女っぽく(?)ふるまってみた。
「ど、どうでしょうか……」
はんぶん泣きそうになりながら、訊いてみる。
荻浦さん、サムズアップして、
「かわいいよ!」
「……」らしくないけど、肩の力がふっと抜けて、「……そっか」
ちょっとうれしい、かもしれない。
「では全身三六〇度、撮影しますね。そのまま立ってて」
「はぁ」
「いいアングルです」
「下から撮るな」
思わず蹴った。
「あう……あ、ツーショットいいですか」
「まぁ、もう、なんでもいいよ」
「じゃ、来て」
荻浦さんが両手を広げる。よくわからないが、ひとまず近づいてみると、ぐっと抱き寄せられて、今度は突き放さない。
「殴られんかった」
「え、そっちのほうがよかった?」
「よくないです。はい、カメラ見て」
「ん」
はい、チーズ――かと思ったら、
「本当にかわいいよ、松本さん」
「なっ」
かしゃり。
――これは。
「あはは、顔まっ赤だね、松本さん」
荻浦さん、撮った写真を見ながらけたけた笑っている。
――これは、一生の不覚だ。
「……サイテー」
「うん?」
「べつに、なんでも」
黒歴史だ。封印しよう、今日の記憶は。きちんと蓋をしておかないと。
「着替えてくる」
「えー、もったいない」
「着替えてきます」
「松本さん」
「うん」
「好きだよ」
その言葉に、わたしは間をおいて振り返る。
あっかんべーしながら。
「そういう軽いところがいやです」
「えー」
わたしも、なんて一瞬でもいいかけたのも、ちゃんと蓋しておかなきゃ。