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転生勇者の黒歴史(15~16)

               15


 エリスとシレンとオフィーリアが、マルコを山に残して村に帰った後、村長の家でも、オフィーリアがマオック村の出身だという話題になった。

 もちろん、村長も、マオック村の出身者なので、オフィーリアの両親がスライムに襲われた事件も、遠くの親戚に引き取られていった娘の話も覚えていた。

「そうか、あの時の娘さんがねぇ」と、村長は感慨深そうだ。

 視察が済んだら両親の墓参りをしたい、とオフィーリアが言い出し、その後、幼なじみのマリーベルにも会ってみたいという話になった。

 本日のオフィーリアとシレンの宿は、村長宅である。

「私用なので、シレンさんは、こちらで休んでいてくださいな」

 と、マリーベルがシレンに言った際、シレンは「わたしもマルコくんと話をしてみたい」と言い出した。

 エリスは、シレンが、なぜそうしたいのか、すぐにわかった。

 マルコが見る夢の話だ。

 だが、山で物騒な想像をしてしまっていたので、自分もマルコが夢を見ると知っているとは言い出さない。状況を見極めるまでは、黙っていた方がいい。

 エリスは、案内をかってでた。

 そうして、墓参りを済ませて、マルコの家にやってきたのだ。

 マルコの部屋の扉が開いた。

 マルコがでてきた。

「お、エリス」と、マルコはエリスに笑いかけた。作り笑いではない。

「あれ?」と、エリスは違和感を覚えた。

 思っていたほど、マルコは意気消沈してはいなかった。

 まぶたが腫れて、目が赤かったから、マルコは、恐らく泣いたのだろうとは想像できた。

 髪に寝癖がついているから、泣き疲れて眠ってしまっていたのかも知れない。

 けれども、山で別れたときのような、沈んだ目の色をしてはいなかった。

 何か、覚悟ができた表情だ。

 エリスにそのつもりは全くなかったけれども、エリスとお別れする覚悟だろうか?

 多分違う。

 マルコの顔は、まだ諦めてはいない時のマルコの顔だった。

 覚悟ができたというより、腹をくくったという表情だ。

 エリスは、ちょっとだけ安心した。

 マルコはまだ、エリスを諦めていなかった。

 ということは、いつものマルコだ。

「転生勇者様が、あんたと話をしたいって。どうする?」

「来てるの? ちょうど良かった。僕も、話があったんだ」

 マルコは、飄々《ひょうひょう》と受け答えた。

 理由はわからないけれども、凄みを感じた。

 何か、期待できる気がする。

 でも、どのように、マルコは腹をくくったというのだろう?


               16


 シレンが案の定、二人だけで話を、と言い出したので、マルコは、シレンを自分の部屋に案内した。

 食卓から、心配そうな、エリスの視線が追いかけてくる。

 エリスは、マリーベルとオフィーリアと一緒に、食卓で茶飲み話だ。

 エリスの座る位置は、一番マルコの部屋に近かった。

 マルコは、シレンに気づかれないように、大丈夫、と声には出さずに口の動きだけでエリスに伝えた。

 エリスは、ぎこちなく微笑んだ。

 一瞬、マリーベルも心配そうな顔を見せたが、すぐにおばちゃん同士の会話に夢中になったようだ。マルコが自分の部屋の扉を閉めるより早く、大きな笑い声が聞こえてきた。

 マルコはシレンに、椅子を勧めた。

 自分は、ベッドに腰をかけた。

 机の上に置いたままになっている黒歴史書を、さりげなく、裏にする。

 表には、マルコの字で『転生勇者の黒歴史』と大書してあった。

 シレンが、この世界の文字を読めるかどうかを、マルコは知らない。

 身長二メートルを超えるシレンには、部屋は狭く、椅子は小さい。

 貧弱なマルコなど、シレンに、ちょっと小突かれただけで骨が折れそうである。

 お互い座っている状態なので、自然とマルコは、シレンの顔を見上げる姿勢だ。

「さて」と、マルコは話の口火を切った。

「それで僕は何と呼んだらいい。転生勇者様? それとも、笠置かさぎ詩恋しれん?」

 シレンは、ハッとした表情をした。

「やっぱり。転生前のわたしのことを知っているのだな? いったいなぜ?」

 マルコは、シレンに、にやりと見えるように、口の端をあげた。

「秘密を簡単には話せないよ」

 シレンは、口をつぐんだ。

 物凄い目つきで、マルコを睨む。

「怖いよ。恋に恋するポエマー、さん」

 シレンの目つきが、さらに怖くなる。

 だが、シレンは、諦めたように目力を緩めた。

「シレンと呼んでくれ」

「僕はマルコで」

「じゃあ、マルコ、何なら話せるんだ?」

「スダマサピくん関連の一連の詩とか」

「ひっ!」と、シレンはうめき声を上げた。

「そらんじてみせようか」

「いや、いい」

 シレンの顔は真っ赤だ。

 シレンは両手で顔を覆って、うつむいた。

 見てわかるような大きな呼吸をして心を落ち着かせている。

 マルコは、ゆっくりとシレンの精神の回復を待つ。

 シレンは、何とか顔を上げた。

 息も絶え絶えに、マルコに問いかける。

「どうしたら、秘密を話してくれるんだ?」

「エリスと一緒に僕も連れてって。転生勇者様なら、それくらい簡単でしょ」

「待て。何か勘違いをしているようだな」

 シレンは、手を上げてマルコを制した。

「転生勇者様などと呼ばれているが、わたしはただの居候だぞ。戦士団の女子寮に住んで、三食、寮の食事を食べている。しかも、無収入だ」

「ウソ!」

「こんな嘘ついてどうする? オフィーリアならまだしも、そんな力はない」

「じゃ、オフィーリアさんを説得して」

「エリス嬢は、三年たったら戻ってくるのだろ。ついていかなくてもいいのではないか」

「エリスが僕の相手をしてくれるのは幼なじみ補正がかかってるからなんだ。村を離れたら補正が解けちゃう」

「随分、自信がないのだな」

「ないよ。僕はただの村人Aで、エリスは村始まって以来の才女だ。もともと釣り合いがとれてない。ポエマーだったら、この気持ちわかるでしょ」

「その名で呼ぶな」

「転生勇者なら誰にでもこんな話をするわけじゃないよ。『恋に恋するポエマー』にだから話をするんだよ」

「すまん。恋に恋するレベルのわたしには、荷が重い話だ」

「もし、連れてってくれなくても勝手に行くよ」

「来ても、王都には許可無く住めんぞ」

「でも、観光や商売のためなら入れるんでしょ。王都には、『転生勇者新聞』ってのが、あるんだって? 転生勇者様自作のポエムなんて、高く買ってくれると思うんだけど。これなら、商売だろ」

『転生勇者新聞』とは、王家公認転生勇者ファンクラブ、正式名称『転生勇者親衛隊』の会報誌だ。

 一般紙ではないから誰もが読めるわけではないが、王都の住人は、各家庭で大抵誰かは、親衛隊の隊員になっているから、実質的には、一般紙も同然だ。

「それがダメでも、シレンの詩を広める方法は、他にも色々あると思うんだよねぇ」

「随分、自分勝手なんだな」

「違うよ。それだけ必死なんだ。僕の一生がかかってる」

 マルコは、気合いを込めて、シレンの顔を見た。

 シレンに負けないだけの目力を込めたつもりだ。

「マルコはそう思っていても、エリス嬢は嫌かも知れないぞ」

「補正がかかっている間は大丈夫」

「今度はすごい自信だな」

 シレンは、自嘲気味につぶやいた。

「人を利用して自分だけずるいぞ。わたしには、浮いた話の一つもないのに」

「シレンなら、どこの王侯貴族でも選び放題なんじゃないの?」

「どうも怖がられているみたいで、誰一人寄ってこん。」

「自分から行けばいいじゃない」

「そんなことができるくらいなら、『恋に恋するポエマー』など名乗らん」

「確かに。でも、僕に王都で勝手なことされるぐらいなら、自分の目の届くところに置いておいた方がいいと思わない?」

「思う」

 シレンは、即答した。

「もしくは、いっそのこと、消してしまうという手もあるな」と、マルコにすごむ。

 マルコは、まったく動じなかった。

「僕が知ってるシレンの黒歴史は全部ノートに書き留めてあるんだ。沢山つくって、色々なところに隠してある。シレンが僕を消したとしたら、ノートを見つけた誰かは、中身を真実だと確信するだろね。シレンが信憑性を高めてくれたから」

 もちろん、嘘だ。黒歴史書は、一冊しかない。

「なるほど」

 と、シレンは、あっさりと威圧を解いた。もともと消す気などありはしないのは明白だ。

「では、こうしよう。わたしは、居候の身だから、マルコを王都へ連れて行く力はない。ただ、オフィーリアに口添えはしよう。ただし、彼女が承知するかはわからない」

「でも、シレンが説得してくれるんでしょ」

「説得は自分でしろ。助け船はだそう。どうだ?」

「わかった。それでいいよ。じゃ、行こう」

 と、マルコは立ち上がって部屋を出て行こうとする。

「待て」とシレン。

「わたしの番だ。なぜ、わたしの過去を知っているのだ?」

 マルコは、ベッドに座り直した。

 まだ、王都に着いたわけじゃない、とは指摘しない。

「夢で見るんだ」

 あっさりとマルコは秘密をばらした。

「夢?」

「うん。シレンがこの世界に来たのは、三年ぐらい前だろ。その頃から、時々、夢に笠置詩恋が出てくるようになった。なぜか覚えておいた方がいい気がして、日記みたいに全部ノートに記録してある」

「なぜ笠置詩恋が、転生勇者のシレン、今のわたしと結びつく?」

「ずっと、何の夢かわからなかったんだけれど、一つだけ、大きな卵が割れて中から人が出てくる夢があるんだ。周りにいる人たちが『転生勇者様』だって騒いでいた。卵から出た人は、今のシレンだったよ」

 マルコは、唐突にシレンに訊いた。

「シレン、おへそある?」

 シレンは、明らかにぎょっとした。

 反射的に、自分の腹を両手で押さえた。

 マルコがシレンを『笠置詩恋』と呼んだ時より、驚きの度合いが大きい。

 心の準備が、まったくなかったためだろう。

 へそは、ほ乳類の母体と胎児が、栄養的に繋がっていたという名残の器官だ。

 当然、卵から生まれる場合には存在しない。

「見たのか?」

 と、真っ赤になるシレン。

 スダマサピくんの詩を知られていた時より、さらに赤い。湯気が出そうだ。

「だって、卵から出るとき、裸だったから」

 シレンは、立ち上がった。

 天井が頭にぶつかりそうになるところを、のしかかるように、マルコを両手でつかもうとする体勢をとることで回避する。

「やはり、消すしかないみたいだな」

 今度は本気だ。

「見てない、見てない、ちょっとだけしか」

 マルコは、ぶんぶんとかぶりを振った。

「夢だから、自分の見たいところに焦点をあわせられないんだ。ただ、へそがなかったような気がしただけ。なかったから、見えなかった」

 言い訳になっているのか、いないのか、よくわからない言葉を、必死に吐く。

 シレンは、椅子にドサリと戻った。

 五体を投げ出すように、背もたれに深く沈み込んで、天井を仰ぐ。

 木製の椅子が、ギイギイと悲鳴をあげた。

「召還師たちだな。その夢は、転生の儀式だ」

 シレンは、ぼそぼそと口にした。

「本当にわたしを夢に見ているようだ」

 シレンは、ぐいっと椅子に身を起こした。

 マルコに顔を近づける。 

「確認するぞ。わたしのへそを見たのか、見ていないのか?」

「胸しか見てない」

 と、マルコは断言する。

「いゃぁあああ」と、シレンは絶叫した。頭を抱えて、縮こまる。

「いや、夢だから夢。ただの夢」

 マルコは、慌てて取り繕った。

 コンコンコン、と、遠慮がちにドアが三回ノックされた。

「マルコ、大丈夫?」

 と、心配そうなエリスの声がした。

「心配ない」と、マルコ。

「シレンも何か言って」と、マルコは、小声でシレンにうながした。

「問題ない」

 と、うなだれたまま、シレンも後に続いた。

 シレン的には、本当は問題ありありだ。

「なら、いいけど」と、エリスがドアから離れていく気配がする。

「そうだな。ただの夢だ。夢。夢。夢。」

 シレンは、頭を抱えて、自分の足元を見つめたまま、ぶつぶつとつぶやいている。

「そうだ。どうしてもわからないことがあるんだけど」

 マルコは、脈絡もなくシレンに問いかけた。

「『恋に恋する』は意味がわかる。『ポエマー』もわかる。でも、『ラジオネーム』って何?」

「うっせぇわ」

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