表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/70

転生勇者の黒歴史(14)

               14


 マルコが、家に帰って来るや早々と布団に入ってしまった。

 傷心である。

 いつかこういう日が来るだろうとは思っていたけれども、マリーベルには、何もできなかった。

 自分の息子に気の利いた言葉の一つもかけられない。

 なぐさめる言葉のつもりで、むしろ、傷口に塩を塗り込んでしまった気がする。

 いてもたってもいられず、マリーベルは、夕食作りに没頭した。

 目が覚めたとき、マルコに食欲があるとは、あまり思えなかったけれども、マルコが好きなものぐらい食べさせてあげたい。何とかして元気づけたいという、親心だ。

 マリーベルは、かまどの前で額から汗を流している。

 その時、コンコンコンと、遠慮がちに玄関の扉がノックされた。

 来客である。

 三度叩くのは、エリスの合図だ。いつの間にかできた、毎朝のルールだった。

 マリーベルは、竈の火から鍋を放すと、応対に出た。

 玄関の開き戸を開けると、やや青ざめた深刻な表情でエリスが立っている。

 エリスの背後には、ぴかぴかの鎧を着た若い大女と、派手な衣装の中年女性が立っていた。もちろん、シレンとオフィーリアだ。

「おばさん」と、マリーベルの顔を見るなり、エリスが泣きそうな声を出した。

 いや、もう心は完全に泣いている。

「いいのよ、エリスちゃん。もともとエリスちゃんは、マルコには高嶺たかねの花なんだから。マルコとお友達になってくれてありがとう」

「ちがうの。わたし、絶対に戻ってくるの」

 エリスの目から、涙がこぼれ落ちた。

 ひっく、と、しゃくり上げるように嗚咽おえつを漏らす。

 マリーベルは、エリスを、ぎゅっと抱きしめた。

「ごめんね、辛い思いをさせちゃって。やっぱり、わたしからマルコに話しとけばよかったわねぇ」

「ちが。わたしが、ずっと、さきのば、しにしちゃって、たの。ほんとは、もっとはやく、いわなきゃいけな、かったのに」

「うううん」と、マリーベルは、かぶりを振る。「悪いのは、おばさんのほう」

 マリーベルは、しゃくり上げるエリスが落ち着くまで、ずっとエリスを抱きしめていた。

 しばらくしてから、そっと引き離す。

「大丈夫?」

 と、マリーベルは、エリスに笑いかけた。

 エリスはうなずく。

「よかった」

 うん、と、マリーベルも一つうなずき、

「ところで、こちらの方々は?」

 と、エリスに問いかけた。

 それから、エリスの後ろに立っている二人に視線を移す。

 シレンとオフィーリアは、辛抱強く、エリスが落ち着くのを後ろで待ってくれていた。

 エリスが口を開くより早く、

「マリちゃん!」と、オフィーリアが短縮形で、マリーベルの名前を呼んだ。

 そういう呼ばれ方を、物凄く久しぶりに、マリーベルは聞いた。

 前回は、いつだったかと思考を、遙か過去へ向かわせる。

 多分、子どもの時以来だ。

 同時に、自分をそう呼んだ中年女性をしげしげと見つめる。

「オフィっちゃん?」

 と、相手が誰だか認識する前に、名前が口をついて出ていた。

 自分が発した言葉によって、マリーベルは、記憶を蘇らせた。

「そうよ、オフィーリア!」

 と、嬉しそうに、オフィーリアが微笑んだ。

 その微笑みに、かつての村での幼なじみの面影を、マリーベルは見いだした。

「ぃやぁぁぁだ」

 と、マリーベルとオフィーリアは、お互いの肩を抱き合い、少女のように、足をばたばた、ぴょんぴょん、飛び跳ねて喜んだ。

 何が、「ぃやぁぁぁだ」なのかは、永遠にわからない。

「すっかり、おばちゃんになっちゃって」

「あなたのほうこそ」

 と、心だけは少女時代に戻った、おばさん二人が笑い合う。

「マルコさんから、母親の名前がマオック村出身のマリーベルだと聞いたから、絶対、マリちゃんだと思ったのよ」

「それで、わざわざ会いに来てくれたの?」

「うん、それもあるのだけれどね」

 と、オフィーリアは、口ごもる。

「ご紹介するわ。こちら、転生勇者のシレン様」

「あら、まぁ!」

 国家的VIPを前に、マリーベルは、おばちゃんらしい驚き方をした。

「シレンと申します」

 シレンは、マリーベルに、右手を差し出した。

 マリーベルは、握手のつもりのシレンの右手を、両手で揉み抱き、ぶんぶん振った。

「大ファンです」

 と、顔もわからなかった相手に、よく言えるものだ。

「実は、マルコくんと少々お話をしたいのです」と、シレン。

「どういうこと?」

 と、マリーベルは、オフィーリアとエリスの顔を見る。

 二人とも、困惑した表情だ。

「わたしにもうまくは言えないのだけれど、転生勇者様には、勇者の勘で何か思うところがあるみたい」

 オフィーリアが何とか説明を試みるが、よくわからない。

「おばさん、わたしからマルコに」

 エリスは、マリーベルを追い立てるようにして、家に押し込んだ。

「お二人は、ちょっとお待ちを」

 エリスは、そそくさと後ろ手で扉を閉めた。シレンとオフィーリアを、外に残す。

 エリスは、マリーベルに、ひそひそと話をした。

「マルコの夢の話を聞きたいみたい」

「え、うそ、だって、あれは」

 一瞬、大声を出しそうになったが、慌てて、マリーベルは声をひそめた。

 もし、外に聞こえたら大変だ。

 マリーベルとエリスは顔を見合わせた。

 エリスがうなずく。

「本当なのかも」

「転生勇者様は、マルコをどうしようというんだろう?」

 マリーベルも、『秘密を知った者は生かしておけない』説に思い至ったようだ。

 マリーベルとエリスは、マルコが転生前の転生勇者の夢を見ると主張しているのは知っていたが、詳しい夢の内容までは、あまり知らなかった。

 マルコが、夢を見始めた当初は、熱心に色々と話をしてくれた。

 けれども、二人は、そんな馬鹿なことあるわけない、と信じなかったので、すぐに、また夢を見た、程度しか話さなくなったのだ。

 代わりに、マルコは、メモを取るようになった。

 ただし、マリーベルとエリスは、マルコが見る夢に、転生勇者様の恥ずかしい失敗談的な内容が多かったのは、覚えている。

「わかんない。マルコと相談してみる。もしかしたら、マルコを逃がさないと行けないかも」

「そうね」と、マリーベルもうなずいた。

 エリスが、ノックしようとマルコの部屋の前に立つ。

 その時、ガチャリと扉が開いた。

 マルコが出てきた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ