転生勇者の黒歴史(10)
10
村からトマスが慌てた様子で駆けてくる。
トマスの後ろには、もう一人、ドタドタと駆けてくる人物がいた。老人である。
「誰だろう?」と、マルコは顔を確認し、「村長だ」と声を上げた。
トマスと村長は、マルコたちの元に辿り着いた。
「どうしたの?」
と、マルコが尋ねる。
村長は、ぜいぜいと荒い息を整えてから、シレンに向き直り、
「マオック村の村長のサンチョです。転生勇者様たちが既に山に入られたと聞き及び、ご挨拶に参りました」
シレンと村長の間に割って入るように、オフィーリアが前に出た。
「ご苦労様です。こちらが、転生勇者のシレン様。わたしは、宮廷で女官長を勤めておりますオフィーリア・スラゼントスと申します」
「おばさん、偉い人だったんだ!」
と、マルコが大声を出す。
「これ!」と、村長がマルコをたしなめた。
村長が握手をしようとオフィーリアに手をさしのべる。
「いえ」
と、オフィーリアは、握手を断った。
「こんなですから」と、両手を顔の前にかざす。
オフィーリアの両手の指先は、土と草の汁で泥だらけになっていた。
ちなみに、シレンも同様だ。
「おまえら、何をやらせとるか!」
と、村長の雷は、マルコの上に落ちた。
「だって、自分でやりたがったんだよ」
村長は聞く耳を持たない。
「さて、マルコ。悪いが残りの収穫は、一人でやってくれ」
村長の言葉で、地面に置いてあるマルコの籠を、トマスが持ち上げた。
やはり、地面に置かれているエリスの籠に、マルコの籠の中身を移し替える。
もちろん、二人の籠には、オフィーリアとシレンが採取した薬草も入っていた。
トマスは、エリスの籠を背負った。四人が採取した薬草が、すべて入っている。
「重いだろうから、こいつは、先に持ち帰っておくからな」
「え? 何? どういうこと?」
マルコは、わけがわからない。
村長がオフィーリアとシレン、次いでエリスに言う。
「皆様も村にお戻り下さい。エリスは、転生勇者様たちのご案内だ。わざわざ迎えに来て下さったのだぞ」
「やっぱり」
と、エリスは、うつむいた。
「明日だって聞いてたのに」
「出発はな。今日は転生勇者様のお忍びの国内視察だ」
その割には、派手な姿だけど。
「エリス、どっか行くの?」
マルコは、うつむいてしまったエリスに問いかけた。
覚悟を決めたようにエリスは顔を上げ、マルコの顔を正面から見返す。
「クスリナ王立薬草学院の特待生に選ばれたの。明日から三年間、王都に行ってくる」
「やだ」
マルコの返答は間髪がなかった。
「三年よ、たった三年。卒業したら、村へ戻ってきて、薬師をやるわ」
エリスは、慌てて、取り繕った。
「僕も行く」
エリスの瞳には、必死の形相のマルコが映っている。
「『僕も』と言っても、エリスは特待生に選ばれたんだから」と村長。
「エリス、マルコに伝えていなかったのか?」
エリスは、嫌々をするように首を振った。
マルコを除く誰もが、『きっと言いだせなかったのだろう』と、エリスの心情を察した。
マルコには、そのような余裕はない。
「じゃ、僕も特待生になる。オフィーリアさん、どうやったらなれる?」
オフィーリアは、返答に窮した。
「各地の町村長から推薦状をもらった者に対して、王都で厳正な審査を行って」などと、無味乾燥な説明文的な言葉を、口にする。
終いまで聞かず、マルコは、村長に詰め寄った。
「村長、推薦状書いて!」
「書けるかっ! 村始まって以来の才女であるエリスと、典型的な村人Aのおまえでは大違いじゃ!」
「村長っ!」
エリスが、キッと村長を睨みつけた。
村長は、ハッとする。
「あ、いや、別に村人Aを馬鹿にして言っているわけじゃないぞ。ただ、まあ今回は、間に合わない話であるし、エリスには準備もあるから、皆様方にはひとまず村に戻っていただいて。マルコ、後は頼んだぞ」
村長は、マルコ以外の面々を追い立てるようにして、そそくさと、その場を後にした。
マルコは、空になった状態で置かれている自分の籠の脇に、沈むように座り込む。
先刻、何か面白くなりそうな気がして高鳴っていたマルコの胸が、今はつぶれそうだ。
面白さは、あっという間に、どこかに消え去っていた。