転生勇者の黒歴史(9)
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マルコとエリスは、オフィーリアとシレンに、山の薬草園を紹介した。
危険な山奥深くまで分け入らなくても、沢山の種類の薬草類を採取できるようにと、村の先人たちが、近くの山を開墾して、薬木や薬草の移植を行ってきた。
というより、現在では、マオック村周辺に生えている草木は、大半が何らかの薬効成分を持つ植物ばかりであった。
ある程度は計画的に栽培を行い、収穫時期のコントロールも行っているため、山に入った村人が、手当たり次第に薬草を採取すれば良いというわけではない。
村内で収入に不公平が生じないよう、通常の薬草は、収穫量の割り振りが行われていた。
村全体として、週の収穫量、日の収穫量を決定し、それを細かく、当日山に入る予定の村人の戸数で割って、一家族当たりの収穫量が決められている。
したがって、早起きをしなくても、ゆっくりと山に入って、規定量を収穫して帰りさえすれば、一日の収入は確保できる仕組みだった。
逆に、早く山に入って、村から近い場所で既定の収穫量を採取できた者には、時間的な余裕ができる。
栽培が難しく、自然任せで、年によっては採れたり採れなかったりという希少な薬効植物の採取は早い者勝ちのため、通常薬草の採取に割く時間を短縮し、できた時間を希少薬効植物の採取に当てれば当てるだけ、生活は良くなるという理屈である。
休むのも良し、自生している希少な薬効植物を探して収穫するも良し、だった。
もっとも、村の大半の住民は、時間に追われて、あくせく働くことを嫌い、まったりゆったりとスローライフをおくっていた。マルコもそちら側の住人である。
主にエリスが、そのような村の薬草採取の仕組みや具体的な採取方法の説明を行い、オフィーリアとシレンも、薬草の採取を行っている。
仕事であるマルコやエリスと違って、オフィーリアとシレンにとっては、薬草の採取は、山での収穫体験というレクリエーションの一種である。まったく苦ではないらしい。
オフィーリアは、わあわあ、きゃあきゃあ、虫が出た、と、一人で大はしゃぎだ。
一方のシレンは、にこりともせずに、黙々と採取にいそしんでいた。
嫌々やっているわけでもなさそうなので、堅物とか馬鹿まじめといった表現がよく似合う。多分、はしゃぐのが、苦手なたちなのだろう。
だが、マルコは、気のせいか、薬草の採取を行っているシレンから、時々、じっと見つめられているような気配を感じていた。
けれども、気配に気がついて、シレンの様子を伺ったところで、黙々と薬草を採取している姿があるだけだから、やはり、気のせいなのかも知れない。
「ちょっと、あんた何したの?」
と、マルコの左側に並んでしゃがみ込み、薬草を採取していたエリスが、小声でささやきながら、右肘でマルコの脇をつついた。
「なに?」
「転生勇者様が、ずっとあんたのこと睨んでるみたいなんだけど」
「やっぱり。なんかさっきから見られてる気がしてたんだ」
マルコは、ひそひそと返事をした。
「睨んでる?」
「物凄く怖い顔で」
「何もしてないよ。エリスだって、一緒にいただろ」
「そうね」
「あ! もしかして、ばれたのかも」
「何が?」
「黒歴史、知ってること」
エリスは、一瞬、きょとんとした顔をした。
「そっか。あんた、馬車から降りてきた転生勇者様が誰かわかってたもんね。あんたの夢、ただの変な夢じゃなかったんだ」
マルコは、ちょっとだけ得意げな顔になる。
「でも、それでなんで睨まれるの?」
「ほら、秘密を知った者は生かしておけない、って奴じゃない?」
言ってから、二人は顔を見合わせて青くなった。
シレンの様子を、こっそりとのぞき見る。
シレンは、地面にしゃがみ込み、てきぱきと薬草をむしりとっていた。
オフィーリアもそうだが、儀礼用のぴかぴかの鎧や衣装で行う作業では、絶対にない。
見られている気配を感じたのか、シレンが手を止めた。
「ひ!」と、マルコとエリスは息を呑む。
二人は、慌てて、目をそらした。
がしゃりと鎧のこすれる音がする。シレンが、立ち上がったのだ。
静寂。
何も起こらない。
マルコとエリスは、ゆっくりと、シレンへ振り返る。
シレンは立ち上がり、村がある方向を、じっと見つめていた。
「何だろう?」
マルコとエリスも立ち上がって、同じ方向を見る。
変わった様子は、何もない。ただ、草木が続いているだけだ。
三人の様子に気がついたオフィーリアが、シレンに声をかけた。
「シレンさん。どうかいたしまして?」
「誰か来ます」
シレンの言うとおり、しばらくすると木陰から走ってくる人影が現れた。
門番のトマスだった。